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「とうとうできた!
この砂漠化し続ける町を潤すマシーン、水雲装置を!」
30代なのに禿げ上がった水野勇気はビルの屋上にある巨大な装置の前に立ち、吹き出す汗をぬぐった。昼前の太陽はジリジリと輝き、全て焼き尽くすほどの暑さだ。
勇気は太陽光で熱くなった装置に手を当て、ここに至るまでの長かった日々に思いを巡らせた。
――あれは、幼稚園のころだったか。近くの海岸の砂丘が範囲を広げ始めて困ってる大人たちを横目に僕はじょうろの水を砂浜にあげ始めた。効果は全くなかったが。あの時から僕はこのためにずっと独りで……。
「でも、もう終わりだ。これで終わるはずだ」
勇気は装置の起動ボタンに手を伸ばした。その時、空からゴロゴロという音が聞こえ、ひんやりとした風が吹いてきた。
「そんな、まさか、まだ僕は何もしてないのに。大雨を呼ぶという空からのとどろきが聞こえるとは。いや、きっと飛行機かヘリの音に違い……」
空はそう言う間に黒い雲で覆われていった。
「おい、ユーキか」
空を見つめていた勇気に声がかけられた。けどその声の主は勇気のいる場所よりも高い、ビルの上にある風力発電の風車の上にすっと立っていた。
「て、天狗?」
山伏の服装をした赤い面の天狗はそこからジャンプすると頭を片手で押えながら軽やかに勇気の前に降り立った。
唖然とする勇気を前に天狗はその仮面を外し、茶髪の男性の顔をさらした。
「やあ、ヒロだよ」
「ヒロ?」
「オレは覚えてたのに残念だな。幼稚園の時に一緒に水をあげてた鳴門大(なると ひろ)……」
その瞬間、稲妻が光り、勇気は一緒に水をあげていた人がいたのを思い出した。
――あの時、あの子は天狗になって大雨を降らせると言っていて、僕はそれは無理だ機械を作って降らせるって、ケンカしたんだっけ……
「君、本当に天狗になったのかい?」
「んにゃ、天狗に近い存在かな。天狗を調べたら山伏ってのがそれらしいって知って、山伏に弟子入りして修行したんだわ。
で、天狗のように跳べ、風や雨を起こせるようになった。この町の危機に師匠や山伏の仲間が一緒に来てくれて、この状態だ。凄いだろ」
大は両手を広げて真っ暗な空を見渡した。
「本当にできるなんて」
「ああ、俺の勝ちだな」
「いや、僕だってできたんだ」
勇気は力強く装置を叩いた。すると、大がくすりと笑った。
「わかってるさ。早く押せよ。押さないなら俺が……」
「あ、待ってくれ!」
勇気はボタンを今にも押そうとしている大を押し退け、ボタンを押した。
成功だった。
水雲装置から噴き出された雲の素は黒い空に取り込まれると雲全体がピカピカと光り始め、そして……
「雨だ」
と勇気が言ったのも束の間、滝のような雨が包みこみ、大きな音が鳴り響き始め、風車がうなりをあげて勢いよく回った。
見たこともない暴風雨のせいか一気に気温が下がったせいか寒気を感じて腕を組んだ勇気は次の瞬間「あっ」と叫ぶ声を聞き、顔に何か柔らかい塊を受けた。
それをつかんで見ると、髪の塊で、大が自身の禿げ上がった頭に手を当て楽しそうに声を出して笑っていた。
「あげようか、それ」
大の笑いは止まらない。
「いいよ。僕は茶髪は趣味じゃない」
勇気は髪の塊を大に渡した。
「どうせ染める髪もないだろ」
大は髪を頭に戻すと手で押さえた。
大の言葉に勇気は少しムッとしたが、同じ状態の大に怒りは沸けなかった。
「大も苦労したんだな」
「まぁ、多少はな。お前もだろ。お互いこのために頑張って成功してよかったな」
大が勇気に手を差し出し、勇気も応じて握手をした。
「それじゃ、まだやることあるから行くよ」
下の階に続く階段がある扉を開けた。
「やることって?」
「龍神様が町に来やすいようにするんだ。そうすればこれからも雨は降りやすくなるし、干上がらないはずなんだ。そのために大川を復活させる」
「昔町にあった大川を?凄いね、天狗の力。僕の機械の力いらなかったんじゃないの」
「そんなことないさ。君の力は必要だったよ。両方成功してこそのこれだ」
大は天を指さすと勇気に手を降り扉の向こうに消えていった。
「帰りは階段かよ…」
勇気は雨にうたれながら装置にもたれかかって座った。装置がひんやりしているのが禿げた頭に直に伝わってくる。
――本当にこの装置は必要だったのだろうか。
それはわからないけど、頑張ってたのは僕だけではなかったんだな。
禿げ頭を撫でて勇気は穏やかに笑い、雨を降らし続ける空を見上げた。
「この頭の砂漠化もなんとかならないかな……」
大量の雨にうたれ、乾いていた町は潤っていく。
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