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酔醒教 幹部の日誌
聖典も作ろうよ、と私は駄々をこねた。彼女の言葉を過不足なく遺しておきたかったのだ。彼女にとってはここが転機だったのだろう。
そうだね、聖典はコミュニティを規定するからね。そう言って、彼女と私は文字起こしに取り掛かった。彼女がそれを配り歩いたりしないので、彼女の思想を浴びたい人達に私が触れ回った。親友は決して自らを特別視せず、世界の見方を提示するだけの教祖を自称したけれど、私の中では彼女が神様で私が教祖だった。
最後の一手が「神様」だった。彼女はその存在を必要以上に強調しない。ただのイデアだった。私が神様の名付けに案を出したほどだ。彼女の中で世界は完成していて、それを私たちに説明するために具象が必要なだけだった。
彼女が作った神様を色んな言語に直したりイメージを文字に起こしたりして、五人の神様が出来た。最高神は陶酔の神ソファリスといった。
その下に世界の破壊と修繕を司る二人の神様、エトヴィスとリピスが生まれた。この世を創造したのはソファリスなので、創造神は居ない。あと二人は陶酔を支え、人の心を動かす神様だ。自己愛の神をミディス、他者愛の神をティーリスと名付けた。
彼女は神様の存在を主張した訳ではない。言葉にし、具象にしただけだ。この瞬間確かに宗教が生まれたが、それは他のどんな信仰とも相反しない。
「宗教にも名前をつけようよ」
私が提案した。親友は少し恥ずかしがったが、そうだね、と言った。
「こういうのの相場、わかんないよ」
この期に及んで弱気な彼女はあまりにも愛おしかった。
「一番大事なのは、ソファリスなんでしょ」
私が促すと、そっかぁ、と言ったきり暫く黙って、それから掌に文字を書いた。
酔
醒
教
いいと思うよ、と心から言う。なんて含蓄のある言葉だろう。
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