夫と女医

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夫と女医

「失礼しますっ」 「おやどなたかしら。ここに男性一人で来るのは珍しい」 「こちらですか機械で命を作り出すという恐ろしい所業を繰り返しているというところは。こちらですねっ」 「表現はともかく、言いたいことは分かります。あなたの目指しているのはこちらで間違いないと思いますよ」 「妻にあんなことを勧めたのはあなたですかっ」 「妻。あぁ、あなたこの間の方の。話が出たんですね」 「出たも何も、ぼくはびっくりしましたよ。いきなり、次の子は機械で作る、なんて言い出すから」 「それはまたえらい切り出し方ですね」 「そんなこと言われたら、何言ってんだお前、って返すしかないでしょう。そしたらあいつ急に泣き出すし」 「びっくりされたでしょう」 「仰天しましたよ。あなた妻に何を吹き込んだんですかっ」 「落ち着きましょう、ね。まず、当院では、母胎ではなくある装置の中で受精卵から育てる技術を有しています。それ、その装置」 「こ、これかっ」 「しかし、第二に、私は奥さんをそそのかしたりはしていません。できることを、できると言ったまでです」 「それが余計なことだと言っているんですよっ」 「できますか、と言われたら嘘は付けません。それに、私は、利用を強制したりはしていませんよ。夫婦で話し合ってください、と言ったんです」 「話し合うも何も、そんなの認められるわけないでしょうっ」 「おやおや。それはどうして」 「出産は、女性の神聖な権利でしょうっ。痛みや苦しみに耐えて母体で育んでこそ、産まれてきた子への愛情も生まれるってもんじゃないんですかっ」 「これはこれは。すごいことおっしゃいますね。一つよろしいですか」 「何ですかっ」 「私は、女性が出産することを禁止なんてしていませんよ。自分のお腹を痛めて産みたいなら止めたりはしません。ただ、ここではもう一つの選択肢を提供できるし、どちらを選ぶかは女性が決定できる、と言っているんです」 「夫の気持ちはどうなるんですかっ」 「えぇ。だからこそ、奥さんには、夫婦で話し合ってね、とお伝えしたんです。二人のお子さんの話ですからね」 「そう、その通りですよ」 「ただ、子を産むことは女性の権利だとおっしゃるあなたのご意見には同意できません。女性には子を産む機能が、それも相当の負担を体に与える機能が備わっていて、だからこそ今までは子を産むことを強制されてきた、というだけです。痛みと苦しみを伴って産まなければ子に愛情を持てないというなら、子を産めないあなたに子への愛情など持てないということになりますね。いっそ、あなたの体を改造して子を産む機能を加えてあげましょうか。できますよ私には」 「い、いや」 「生理、妊娠、分娩、女性の体には男性には無い特徴があり、その中には大変なわずらわしさ、痛み、苦しみがあるのは間違いありませんが、別に男性に対して、それを体験してみろ男は血や痛みに弱いから死んでしまうかもよ、とあざ笑ったりしたいわけではないのです。それが女性の体、ということに過ぎません。男性の体には女性には無い特徴がありますし、女性には無い苦悩があるでしょう。それはご理解いただけますよね」 「……はい」 「まぁ、子を産むことを女性の義務だ、とおっしゃらなかっただけでも良いのかもしれません。それに、先ほども言ったように、女性が自分で産みたいというなら、それを止めるつもりなど私にはありません。けれど、あなたの奥さんが、あなたとの子を、痛みや苦しみなしに欲しいしその方法がある、と言ったときに、すぐさま受諾してくれとまでは言いませんが、もう少し温かく受け止めてはいただけませんか」 「……分かりました。もう一回話し合ってみます」 「よろしくお願いします。それと、分からないことがあったら、どうぞお二人でお越しください」 「……はい。あれですね、先生は、弁が立ちますね」 「よく言われます。では、またどうぞ。お待ちしてますよ」
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