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夫とその母
「よう」
「どうしたんだい急に」
「いや、別にこれといって用事があるわけでは」
「嘘だね。あれ、お前だけかい」
「あぁ、二人とも多分実家に行ってるんじゃないかな」
「あんた何したの」
「何もしてねえよ」
「何もしてないのに妻が子を連れて実家に返ったりするもんか」
「するだろ普通に」
「まあね、するかも。でも普段は呼んでもここに寄り付かないようなお前が来ているってことと併せて考えれば、ただ事じゃないってことはわかるんだ。ほら白状しな」
「……うん」
「まずは座って。お茶を入れるから」
「コーヒー頼む。インスタントでいい」
「はいよ」
「……」
「喧嘩でもしたのかい」
「喧嘩。いや、喧嘩になる前にあいつが泣き出しちゃって」
「あんたまさか手上げたりしてないだろうね。そうならあたしがあんたをぶん殴るよ」
「してないから。あのさ、出産ってのはやっぱり大変なことなんだな」
「いまさら何を言ってるんだい自分でも一人産ませといて。まぁ、そのことをちゃんと理解するってこと自体はいいことだ。奥さんにもあたしにもせいぜい感謝するこった」
「そうだよなぁ。いや、実はもう一人子が欲しいって言われてな」
「それは嬉しいねぇ。あたしは孫なら何人でも欲しいよ」
「それで、一人目があんまりつらかったから、二人目は機械で作りたいって言うんだ」
「はぁ?」
「な、そうなるよな。それで俺も、何言ってんだ、って反射的に返したら、あいつが涙をぽろぽろと」
「……」
「そういうことができる産科を紹介された、って言うから名前と場所を聞き出して行ったよ、ほとんど怒鳴り込みになっちゃったけど」
「……」
「結局、人工授精した受精卵を胎内に戻さずに機械で育てるってことらしいんだな。あいつもそう言ってくれたら良かったんだけど」
「……」
「ま、その院長先生からも、まずは夫婦でちゃんと話し合え、あと、妊娠から出産に至るまでどれだけ女性が大変か、もっとちゃんと理解しろ、って言われたよ。そりゃおっしゃる通り」
「……ようやく」
「え?」
「ようやくそんなことができるようになったんだねぇ」
「機械?」
「あたしはこれでも体が丈夫な方だけれども」
「見た目通りだよ」
「それでもあんたを産むときには体ががたがたになったもんだ。何十時間も痛いだけで出てきやしない。出てきた後も、まともに歩けるようになるまで時間がかかったし、結局がに股は戻らなかった。体重は増え、髪は直毛からパーマになり、しわも増えて肌もかさかさ」
「俺のせいなのかその変化全部」
「楽できるなら楽した方がいいんだ出産なんて。その後の方がよっぽど大変なんだから。そうだお前」
「な、なんだよ」
「妻が泣きながら実家に駆け込んだって言うのに、お前はこんなとこで何を悠長にのんべんだらりと。とっとと行って謝って戻ってきてもらっといで」
「わ、わかったよ。じゃあな、コーヒーは」
「一気に飲み干せ、そして行け」
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