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妻と夫
「あれ、ここじゃなかったっけ」
「ここだったよ産科。あれ、無くなってる。道間違えた?」
「いや、右隣がこの庭にトーテムポールっぽいオブジェのある家で、左隣が玄関口にやたらとプランターが並んでる割に全部枯れてる家で、真ん中が……空地だ」
「え、建物ごとないぞ。俺ここ来たのたった数時間前なんだけど、更地になってんじゃないか」
「ちょっと電話してみる。あの、ここ紹介してくれた友達に」
「おう」
「……」
「どうした」
「誰だっけ」
「何が」
「私にここ紹介してくれた友達。誰だっけ」
「知らんよ。電話のアドレス帳に入ってないの」
「いや、確か、年子で三人の子持ちの男友達、のはずなんだけど」
「うん。だから」
「そんな男友達、いた覚えがないんだよね」
「は? 仕事関係とかで」
「いや、職場の男はみんな独身だ。多分あいつら結婚できないしする気もないだろうし、しない方が幸せな奴らだ」
「え、でもそれはそれとして、参加の先生は? 俺話したぞあの女医さんと、黒髪ロングの」
「は? 茶髪のアフロでしょ」
「は? いやいや、背は俺より高くて」
「百八十超え? そんなわけないじゃん、百五十いくかいかないかだったって」
「色白で目鼻立ちも細々としてて人形みたいな」
「だから。キューピーみたいな童顔だった、よ」
「同一人物じゃないだろ、その形容は」
「でも言っていることは同じだったでしょ」
「そこはな。だけど、消え失せたぞ建物ごと。覚えてるか産科の名前」
「……覚えてない。え、じゃあこの話は?」
「まぁ、前提が無くなったからな。無し、だ」
「はぁ。期待してた分、落とされた感じだよ」
「……帰るか」
「……うん」
「……あのさ」
「何?」
「二人目、どうする?」
「……」
「俺は欲しいと思ってるけど」
「……あのさ、さっきも話したけど、この子を育てるのに私は毎日奮闘しているわけよ」
「うん」
「家事全般をこなした上に、夜も割と忙しく泣いてくれるもんで、結構な寝不足なわけ」
「はい」
「これを、妊娠した状態でこなせるとは思えないんだけど、その辺どう思う?」
「……お前が少しでも楽をできるように、俺をこき使ってくれ」
「そう。なら何とかなるかもね」
「よろしく頼む」
「じゃあとりあえず今夜は外食だ。肉を食いたい肉を。脂身はいらん。赤身をたっぷりと」
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