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案内
猫神社までの道のりは、ずっと登りだった。おそらく神社は島の中心の山のうえにあるのだろう。
ひびわれたアスファルト、傾いた垣根には、用途は不明だがゴム製の浮き玉がくくりつけられている家が目立つ。
寒薙は縁側に座る老人や、畑で雑草とりをしているのか、しゃがんでいる老婆の後ろ姿を幾人か見かけた。
「学校、あったんだ」
足を止めて前を行くみおに寒薙は声をかけた。みおはめんどくさそうに戻ってきた。
三鹿市立鹿呼志小中学校と石の門柱には刻まれていた。しかし、その先に校舎はなくコンクリートで固められたグラウンドが広がっているだけだった。道路沿いに唯一体育館が残っていたが、それも窓があちこち破れ、壁は延び始めた蔦と枯れた蔦が絡み合って風に揺れて乾いた音をたてた。
遠目からも分かる、グラウンドには大きな円とそのなかにアルファベットのHが書かれてあった。
「グラウンドをヘリポートにしたのかな」
「へりこぷたー、こないから。あれはキヤスメだって、おばあちゃんたちがいってた」
「だって、急な病気とかケガの人を病院に運ばないと……」
「だから、こないの」
こなかったの、とみおは前を向いたままつぶやいた。みおの髪が不自然になびいたように見えた。
「いこ」
みおは寒薙の手を引っ張って、続く坂道を登った。
なかば山道になった先に、猫神社はあった。のぼりが数本、お社を囲むように立っていた。書かれた文字は、元は赤に白字が染め抜かれていたのだろうが、すっかりと色あせ端が切れている。そこにも猫たちはいた。
「なんだか丸々としたのばっかりだね」
寒薙は石造りの台座のうえに乗せられた小さな祠に手を合わせ目をつぶると、かすかに唇を動かした。
顔が大きく目の細い雄猫が、餌をねだりに寒薙のふくらはぎに額を擦り付けてきた。おそらく、観光客が必ず立ち寄る場所をねらって猫たちも集まっているのだろう。朽ちかけた木のベンチには猫が五匹ほどいた。
寒薙は嬉しそうに笑うと、カメラを向けて何枚もシャッターを切ったが、すぐに猫たちに囲まれてしまった。根負けしたのか、寒薙はバッグからキャットフードの小袋を出して口を切って近くにあった皿に開けた。
猫たちは皿に群がって食べ始めた。カリカリという音と牽制しあうのか、うなり声もあげている。
と、突然サイレンが鳴り響いた。
「え!? なに、何!?」
寒薙は焦りながらバッグにカメラをしまって肩に担ぎ、せわしなく辺りを見た。
「あ、おひるだよ。十二時になるまえにサイレンがなるの。うちにかえってゴハンだよーって」
「そ、そうなんだ。何事かと思っちゃった。津波とか……」
よほど驚いたのか、胸に手を当て何度も深呼吸した。
「おねえちゃん、ごはんは? ここには食べるとこないよ。おみせもないし」
「お弁当持ってきたから、大丈夫」
寒薙は親指を立て、誇らしげにポーズを決めて見せた。みおは首から毛糸をはずして何度か手を動かした。
「じゃあ、みおんチでたべて」
二段ばしごを作って、みおは寒薙の前に差し出した。寒薙は一瞬目を見開き、少し考えてから毛糸を指ですくった。
「お邪魔させてもうおうかな」
みごとに橋を作ってみせると、みおがにこっと笑った。
戻る道は二人で手をつなぐ。
さっきと同じ場所に老人たちがたたずんでいる。
「前から、こんなに猫がいたの?」
「人がへったらネコがふえたって、みんながいう」
森を抜けたら海の香りをのせた強い風が吹いた。
「……地震のときは、どうだったの?」
風の音にかき消され寒薙の声は、みおには聞こえなかったようだ。
「しんだ人はネコになってもどってくるんだって……」
みおの手が、寒薙の手のひらの中で小さく固くなった。
風にゆられ、木々のざわめきに、人の話し声がかすかに混じっているようだった。
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