誤った妄想

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誤った妄想

■誤った妄想  ・この面接官が、いま話しているところの「信頼関係とチームワーク」という妄想動画を、私はいつの間にか、いま閉じている私の瞼の裏側でバーチャル再生していた。    そこでは監督が私の長所を模索しているようなシーンがいくつも登場する。 「村田、お前には他の選手に無い、スペシャリストになって欲しい」なんて、シーンも出てきた・・  ・そうだったんだ、監督は私の送りバントを評価してくれていたのだ。 評価どころか、それこそ私を「バントのスペシャリスト」に育てたかったのか。  ・気づくと私の体中には無数の鳥肌が立っていた、あの寒い時に立つ鳥肌だ。  だから、指名された打席の殆どが送りバントのサインだったんだ。 そんな実力しかない私を、長年使っていただいたことに、感謝してこそ当然なのに、その配慮に、むしろ不信感を抱いていたなんて・・  私はこの自作の妄想動画をバーチャルしたことで・・  「これまでの監督さんへの誤った妄想」のまま、野球を続けてきた自分自身に嫌気さへ感じていた。  同時に監督さんへの申し訳なさで胸がいっぱいになってしまった。 面接官『村田さん・・村田 守さん・・眠っちゃだめですよ・・』  「あっ、すみません・・私って考え込むとすぐ目を閉じる癖があって、お恥ずかしいです・・でも今日、出会っただけの面接官がどうして、こんなににも私なんかに・・」 『それよりも、どうですか・・』  「なにが?」 『改めてお訪ねしますが、球団に居たころの村田選手は、活躍されましたか?それとも・・』  「勿論、活躍しましたし・・今、思い返せば、とても幸せでした」 『そうですか・・それはお役に立てて、なによりです・・ 実は村田さんの採用を〈是非とも宜しく〉って方がいらっしゃいましてね・・最初はどうしようかと迷っていたんです』  「最初?・・それじゃ今はどうですかね」 『自分の過去を “幸せ” っておっしゃって頂いた方は、後にも先にもあなただけでしょう。少なくとも過去には一人も居ません。  お陰で私は面接官として素晴らしい体験をさせていただきました、お礼を申し上げます』  「私こそ・・今まで誤った妄想の中で、不幸な自分を演じていたことに気づかせていただき、ありがとうございます」    「ところで、面接官は、とても野球にお詳しいようですが・・昔、プロ野球選手・・なんてことないですよね?」 『私は、根っからのサラリーマンなのですが、実は大学の先輩がそうなんです』  「えっ、面接官の先輩ってプロ野球選手なんですか?」 『今は、選手ではなく・・監督業とやらを、やっていましてね・・』  「えっ、驚いたな・・監督さん・・ですか・・  誰ですか?私の知っている監督さんですか?」 『・・そうです』  「まさか、うちの高宮監督?!・・ですか?」 『そう、そのまさかですよ、村田さんが私どもに履歴書を送られた・・ 勿論、ウエブ上でですが・・  その中に、先輩が監督している球団名のあなた、村田さんが居たってわけ、 だから、私のほうから高宮先輩に連絡をして、色々聞かせていただいたということです』  「だから、球団の内情もよくご存じだったんですね・・なるほど」 『その時に、高宮先輩から “不採用にしたら絶交だ” って脅されたんです・・』 『村田さん・・村田さん・・また眠ってしまったんですか?・・』  「眠っているのではありません・・瞼を開くと、涙がこぼれそうなんですよ!」                ―完―  *この物語はフィクションであり、登場します人物名や施設名はすべて架空のものです。
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