3.少女四人の話

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3.少女四人の話

「…ところで、レベッカさんの先祖は、戦後にどうしてドイツに戻ってきたのかしら?モーゲンソー・プランが実行されて以降は、もうドイツなんて、人間の暮らす場所じゃなくなったようなものなのに…」  アンネはユダヤ人のレベッカに訊いてみる。 「そりゃあ貴方、わたくしの先祖にとり、このドイツこそが『故郷』だったからに他なりませんわ。わたくしの先祖は代々質屋を営んできたのですけど、ユダヤ人排斥がだんだん激しくなってきた頃に先祖は早々と舗をたたんでアメリカに渡りました。そして終戦直後にドイツに戻ったのです。どんなにドイツ人がわたくしたちユダヤ人を排斥しても、ドイツこそが、わたくしの先祖にとってはかけがえのない『故郷』なのでしたからね」 「ふうん…。私たちの先祖はエゲツナイくらいにユダヤ人やロマ人を排斥していたけれど、それでもこの『ドイツ』という国こそが、レベッカさんの先祖にとっては『守りたい故郷』だったわけね…」 「それじゃ、今度はゾフィアさんに訊きたいけど、貴方、北ドイツのポーランドとの国境付近に行ったことがあるんですってね?」 「そうそう!行ってきた!国境付近の小さな村で、教会の鐘楼に上ってそこから3キロメートル離れた国境線と、その向こうのポーランド側の町並みを望んでみたの。自己修復機能を具えた有刺鉄線の向こうに広がる町並みは、銀色に光っていて何百メートルあるか判らない位高いビルが、何十棟も建ち並んでいたわ。自分の一族も、あのビルの並ぶ国にルーツがあったんだな~、って、感慨深くなっちゃった。でも、あたしの先祖は代々ドイツ領内で貧乏貴族として暮らしてきたから、今さらあんなトコには行きたくないんだけどね」  そう言うとゾフィアはクスクスと笑う。 「ところで、マリカさん、貴方はドイツ人じゃなくてロマ人だから、ドイツ人には許可されていない『出国審査』の条件を満たしているのに、どうしてこの国に留まり続けているの?」  アンネは次にマリカに訊ねる。 「そりゃ~アンタ、アタイらロマ人にゃ、AMHAENG-EOSAがエラソーに説いている、『健康で文化的な生活』とやらが、どうしても信じられねーからさ。アタイらは馬車と炊事道具と、それに先祖代々受け継いできたシノギさえありゃいい。アイツら――AMHAENG-EOSA――は、アタイらから勝手に馬車を取り上げて、ドイツ国外で自分たちを基準にした『健康で文化的な生活』を送ることを強制しようとしてるけど、アタイらロマ人からは、自己修復有刺鉄線の向こうにいる連中こそが『健康で文化的な生活の奴隷』にしか見えないね!」  マリカはニヤニヤとしながら語る。 「…なるほどね…。マリカさんたちロマ人にとっては、AMHAENG-EOSAの国の人たちこそが、『健康で文化的な生活の奴隷』に見える、ってわけね」 「そーゆーこと!」  マリカはそう応えると、「アッハッハッハ」と豪快に笑う。 「それはそうと、アンネさん、貴方の身の上話も聞いてみたいですわ。何でしたらこの国に生まれてどう思っていますのか、だとか…」  レベッカが思い出したように言う。 「そうそう、あたしたちにばっかり喋らせて、アンネさんはダンマリを決め込むなんて、不公平だよ!」  ゾフィアも言う。 「アタイもあんたのお話を聞いてみたいよ!ねえ、アンネ、何でもいいから面白い話を聞かせなよ!」  マリカも言う。  三人から同時に詰められたアンネは、しばらく口をつぐんだ後に話す。 「…う~ん…そうね…」 アンネはそう言うと、これまた間をおいて話し出す。 「これは私の聞きかじったことなんだけど、日本語ではdie Volkerkunde(民族学)もdie Volkskunde(民俗学)も、どちらも『ミンツォクガク』って発音していたそうよ。ドイツ語の発音だって似たようなものだけど、思えば――『民族学』、つまり私たちの民族は他の民族とはどう違うかを研究する学問と、『民俗学』、つまり私たちの文化はどんな特徴があるかを研究する学問――を混同し、自分たちドイツ民族が如何に優秀なのかを勝手に文化のレベルで解明しようとした挙句に、この国、いや、この国を含むイタリア・フィンランド・タイ・日本だとかの枢軸国全ての工業インフラが破壊され、もう二度と立ち直れないくらいに国力を落とされたのよ。die Volkerkundeとdie Volkskundeをドイツ人が混同しなかったら、枢軸側はことごとく滅亡しなかったのかもしれない」
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