泣いている

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泣いている

 梅雨明けに安心していた人間を弄ぶかのように雨が舞い戻り、空が灰色に染まった七月中旬のことだった。  しきりに水の滴る傘を持って、私は閑散とした廊下を歩いていた。軌跡を残すようにして水滴が落ちていく。ぽた。ぽたた。不規則に生まれる水たまり。帰るときにも残っているだろうか。  窓の外ではいまだに雨が降り続いていて、地面を叩く雨粒の音になんとなく心がかき乱された。せっかくの夏休みだというのに、と心の中で舌打ちをする。  学校に設置された屋上庭園を管理する園芸委員会。そこの栄えある委員長に任命されてしまった私は、夏休みの間もこうして庭園の管理に赴いている。庭園といっても大小様々なプランターを並べているだけの簡素なものだけれど。 「どうして、雨なんて降るのよ」  あんまり降ったら花が萎れちゃうじゃない。口の中で呟きながら、私は窓の方を恨めしく睨みつけた。  屋上へ続く金属の階段を昇っていく。カン、カン、カン。固い感触が靴から足へ伝わり、無意識に力が籠った。鉄板を組み合わせただけの簡単な階段は、今にも踏み外してしまいそうな心許なさを覚える。 「……あれ?」  目の前に立ちはだかるドアは、なぜか少しだけ開いていた。誰かが来ているのだろうか。委員会の誰かが手伝いに来たのかとも思ったが即座に否定する。誰も予定が空いていないというから、私が管理に来ているのだ。  私はそっとドアノブを掴み、隙間から中を覗き込んだ。  まず見えたのは、庭園に広がる色とりどりの花。空からの恵みを一身に受けて震えている。雨に弱い花は事前に軒下へ移動させておいたため、直接的な被害はないようだ。そっと安堵の息を漏らした。  そして視線を上げた先で、誰かがこちらに背を向けて立っているのが見えた。  私は体を固くして目を凝らす。制服を着た男子生徒。彼は傘も差さずに雨の中佇んでいた。耳の下ほどまである黒髪はすっかり濡れそぼって、しきりに水を滴らせている。比較的細身の体つきに、平均的な身長。  彼は体中から力を失っているように見えた。立っているのに必要な力以外全てを放棄したような。それほどに不安げな立ち姿だった。彼は胸壁の正面に立ったまま、じっと空を見上げている。 ――泣いている。  そう思った。彼は今泣いているに違いないと、なぜか私は確信した。例え実際に涙を落としていなくても、彼の背中は間違いなく泣いていた。
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