人面瘡

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 この右腕に少し腫れた赤い痣のような物が出来たのは半月程前だった。酔っぱらって知らね間に何処かへぶつけたのだと思いシップも貼らずに放っておいた。治療しなかったのは何時も着ている夏物の着物に包帯姿は病人みたいに思えたせいもある。だが赤い痣は日増しに大きくなり膨れてくる。ああ、これはいけない。病院に行かねば酷くなるに違いない。そう思った僕は月曜日の朝に近所にある病院に行くと予約した。仕事は小説家なので日程の調整はいくらでもきく。病院に往くと決めた日から赤い痣に簡単に包帯を巻いて処置しておいた。    病院に予約をとった前日の日曜日は出版社と打ち合わせがあった。会う予定なのは大島君という僕と同じ年位で三十代前半の青年だ。カフェで待ち合わせをし、そのままカウンターの片隅で今度の小説の考案だとか、おおまかな構想を話し合った。締め切りまでには必ずや提出すると約束をしたら大島君は胸を撫でおろしていた。 「良かった。締め切りだけはね。守って下さい。毎月ヒヤヒヤしているんですよ」 「そうか。でもね安心していいよ、今回は筆の走るスピードが速いんだ」 「安心しました。あ、それなら先生、今日どうです?一杯行きませんか?」 大島君と打ち合わせの後は必ずこうなる。 「いいね、いいね。この前飲んだ場所、あそこの駅前に洒落たバーが出来たんだよ。美人のママさんがいるんだ」 「へー。何歳位の人ですか?」 「僕達と同じくらいかな」 「そんなに若いんじゃ雇われママですよ。パトロンがいるんじゃないです?」 「でも色白で産毛の綺麗な華奢な美人さんだよ。パトロンがいるようには見えないね。まあ、いたって構やしない。男同志で飲むよりはいいだろう。そうと決まればタクシー呼んでくれ。早く行こうじゃないか」  僕は椅子からすくっと立ち上がった。
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