冷たい手のひら

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「ご臨終です」 布団の上にきれいに揃えて置かれた母の手は、温かかった。 記憶の中の母の手のひらよりも、ずっと。 なぜこんなに温かいの? いつものあの冷たさは、もしかして氷まくらや手絞りリンゴジュースを作ってくれていたせいだったのだろうか。 それとも、平熱は私のほうが低かった、ということなのだろうか。 嘆きよりも、悲しみよりも、その疑問のほうが先に立った。 どこか夢の中のような、ぼんやりした時間が過ぎていく。 慌ただしく家を片付け、通夜。 真っ赤に泣き腫らした目をした同級生達が参列してくれた、葬儀。 煙が上がるのを見ながら暇を持て余した、火葬場。 ようやく登校したら、「しばらく休んだら?」と言われ憤慨した、学校。 秋も深まったある日、仏壇に置いてあった骨壺を、寺の境内にあるお墓に納骨した。 納入口は、墓石の一部を取り外すと現れるということを、初めて知った。 普段は焼香台となっているその石をずらそうと、手をかける。 「あ……。」 御影石のひんやりとした冷たさが、両手のひら全体に伝わった。 寝込んだあの日、おでこに感じた母の手のひらが、不意に蘇る。 ぼんやりとしていた周りのすべてが、すうっと鮮明な輪郭を帯びて、 夢が、ようやく覚めた気がした。 そうか。 これからは、ここにいるんだね。 Fin.
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