(三)

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(三)

 すみ子が神札を指差し、文字を追うように指を動かした。  「これが『無限ノ宝』のありかを示す、暗号ってことですよね」  「ですね」  カオルが頷いた。  「童歌の『かごめかごめ』に似てるんですけど、全く意味不明。一体、どう考えたらいいんでしょう」  カオルは腕を組んだ。  「暗号の仕掛け人は、不死の種の時と同一人物。同じ発想で作られている可能性が高いです」  「あっ。わかりました」  すみ子が、ポンと手を打つ。  「まずは、逐語的解釈ですね」  「ええ。それで、鍵になりそうな箇所を燻り出すんです」  すみ子は額に眉を寄せた。  「でも、かなり難しいです…。冒頭の『籠ノ中ノ鳥』。これがそもそも何を指し示しているんでしょう」  「あくまで、僕の私見ですが」  カオルは、顎に手をやった。  「ひょっとして、鳥ってニワトリのことじゃないかと思います。ニワトリって日の出とともに鳴きますよね。それで古来ニワトリは、光輝く太陽の使いとされて来たって話を聞いたことがあるんです。いつしか、ニワトリが光輝く別のものを象徴するようになって…」  すみ子が眼を見開いた。  「つまり、鳥がお宝ってことですね?」  「ええ。それが『籠ノ中』とどう結びつくのか…。お宝は、籠みたいなトコに隠してあるよってことかも知れません」  「私、閃きました!」  すみ子が声を上げた。  「私、お寺の娘なんで、よく使うんですけど…。『籠』って『不動明王のご加護』みたいな、加護のことじゃないですか? 『加護の中』っていうのはつまり、仏様の加護が直ちに届く範囲、お寺の境内ってことかも」  「なるほど。多分、その通りですね」  カオルが手を叩いた。  「では、次。『夜明ノ晩』はどうでしょう?」  「ええと…」  すみ子は、腕を組んだ。  「夜明けは、朝お日様が昇る時間帯ですよね。晩は、お日様が沈んで暗い時間でしょう。それぞれ別のものなのに、『夜明ノ晩』って変な言い方ですよね。言葉自体が矛盾してませんか」  「確かに、そうなんです」  すみ子は手を打った。  「あっ! 私、また閃きました! ちょっと、飛躍しますけど…」  「今度は、何ですか」  「夜明けに現れるのはお日様。晩に天に浮かぶのはお月様。お日様とお月様に何か象徴的な意味があるっていう解釈はいかがでしょう? 夜明けって、東の空にお日様が昇って、西の空にはお月様が沈みかけてますよね。ひょっとして、その光景を象徴するような場所が、お宝の隠し場所って言えませんか」  カオルが頷いた。  「太陽と月。あなたはお寺の娘さんだから、僕より詳しいかも知れない。考えてみればお寺って、太陽とか月を仏像や建物の彫刻なんかによく使ってますよね。そういう場所に、心当たりはありますか?」  「太陽と月ですか…。どうでしょう」  すみ子は眼を閉じた。  頭に手をやり、一回転する。  「わかった! あります!」  頬が紅潮している。  「薬師堂! 薬師堂です!」  カオルとすみ子は、庫裏を出た。  程近いところに本堂があり、焼け落ちた山門へ向かう山道が続いている。  山道沿いにはヒガンバナの赤い花が咲き、踊るように風に揺れていた。  その先に、茶褐色の壁に包まれた建造物がある。  屋根は濃い灰色の瓦葺き。全体に地味な色合いである。  「こちらです。こちらが薬師堂」  建造物を指差し、すみ子が言った。  二人は入り口の前に立つと、斜め上を見上げた。  茶色の地に白く、「薬師堂」と彫られた扁額がかかっている。  「おっ。これはすごいぞ」  カオルが呟いた。  「何がすごいんですか」  「扁額の文字を記した人物ですよ。『薬師堂』の横に、小さく彫ってあります」  「私、ちょっと近眼で…」  すみ子は眼を凝らした。  「タ…ケ…ウ…チ…。武内文之介!」  すみ子の頬が、赤く染まった。  「恥ずかしながら、はじめて気が付きました。こんなところに文之介さんのお名前があったなんて…」  「恥ずかしくはないですよ。日常的景色になってしまうと、細かいところは見ないものです」  カオルは微笑んだ。  「暗号の製作者、文之介さん。扁額の文字を記してるってことは、文之介さんがこの薬師堂の建立に深く関わっていることを示しています。と、いうことは…」  「お宝のありか、近いってことですね!」  すみ子の声が弾んだ。  「扉を、開けてみますか」  「ええ。開けてみましょう」  カオルとすみ子は、揃って扉の前へ進み出た。  扉の閂に手をかけ、一息に引き抜く。   観音開きの扉が開くと、前方に薄暗い空間が広がった。  「あちらを、ご覧ください」  カオルがすみ子の指先の方向に眼を向ける。  堂内には、明かり取りの窓が三つあり、日の光が僅かに差し込んでいる。  奥のほうに、三体の仏像が鎮座していた。真ん中の像がやや大きく、左右のものは小ぶりだ。  二人は真ん中の像の正面に向かった。  真ん中の仏像は、光背があり、蓮台の上に座った姿。カオルの背丈より少し高い。ややくすんでいるが、金色に輝いている。  「この『薬師堂』のご本尊、薬師如来です」  すみ子が続けた。  「仏像を三体、言わばトリオの状態で造る場合、パターンが決まっているんです。たとえば、真ん中の仏様が釈迦如来なら左右に文殊菩薩と普賢菩薩、みたいに。薬師如来なら日光菩薩(にっこうぼさつ)と月光菩薩(がっこうぼさつ)」  「さすがお寺の娘さん。詳しいですね。日光と月光。つまりそれが、太陽と月の象徴ってことですね」  カオルは手を打った。  「自信は全然、ないんですけど…。『夜明ノ晩』の解読、こんな感じでいかがでしょう」  すみ子がカオルを、上眼遣いで見る。  「筋道が通っていて、説得力がある解釈だと思います。もちろん、お宝が見つかってこそ、正しさが証明される訳ですが」  カオルが微笑を浮かべた。  「実は僕は、『鳳凰ト亀スベル』について、考えていたんです」  「どんなことですか」  すみ子も釣られて、微笑んだ。  「中国の伝説上の生き物で朱雀(すざく)っていうのがいて、鳳凰の姿で描かれるんですね。同様に玄武(げんぶ)は亀の姿。で、朱雀は南、玄武は北を守護するんです。つまり…」  「『鳳凰ト亀スベル』って、南北のことですね! スベルってツルッと滑るだけじゃなく、統治、支配するって意味もありますよね」  カオルは首肯した。  「『夜明ノ晩』と『鳳凰ト亀スベル』を合わせると、日光菩薩と月光菩薩を基点とする南北の線上に、お宝が隠されているってことになります」  「納得です! じゃあ早速、南北の線上を調べてみますか」  「一番お宝が隠してありそうなのは、床下だと思います。どこかに、床下に潜れそうな場所はありませんか」  「あります! 建物の外側に、ちょっとした隙間が」  すみ子の声が、上ずっている。  二人は頷き合うと、揃って戸外に出た。  すみ子が先に立って、入り口の東側の壁に向かう。  「これです」  すみ子が指差す先に、人一人がやっと潜れる程の隙間がある。  「この建物は、地面と内部の床との間に不自然な程高低差があります。ますます、怪しいですね」  カオルが身を屈め、隙間の中を覗き込んだ。  背後で、すみ子が腰を曲げた刹那である。  「きゃあっ!」  すみ子は絶叫した。  「どうしました?」  カオルが振り返った。  「これは…」  カオルは拳を握り締め、呻いた。
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