(四)

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(四)

 「助けて! 井中先生」  カオルは一歩前へ踏み出そうとして、踏みとどまった。  カオルの前には、すみ子の他に、男が二人。  その内若い方の一人が、すみ子を背後から羽交い締めにし、首筋に包丁を突きつけているのだ。  「一歩でも動いてみろ。この女の命はないぜ」  もう一人の、年配の男が言った。  男は顎髭を蓄え、サングラスをかけている。背は低く腹が出ており、全体に四角いイメージだ。  「どういう積りだ」  カオルは年配の男を睨んだ。  「『無限の宝』とやらをいただきに来た」  男は口元を歪めた。  「この女の死んだ父親。つまり先代の住職が酒に酔って、うっかりと漏らしたことがあってな。この寺に代々伝わる秘密の壺に、そのありかが記されていると」  男は茶色いジャケットのボケットに、手を入れた。  中から出て来たのは、ライターである。  「こいつを、使わせてもらった」  「佐久間さん。まさか…。あなたが山門に火を点けたの?」  包丁を突きつけられたまま、すみ子が呻いた。  「ふふ。その通り。燻り出し作戦だ」  佐久間と呼ばれた男はすみ子に顔を向け、笑った。  「秘密の壺の隠し場所は俺達にはわからねえ。先代の娘であるあんたは、当然知ってる筈だ。境内のどっかに火い点けりゃあ、あんたは必ず壺の確保に動く。思った通りになっただろ」  「ふん。馬鹿ね。あなたが火を点けた山門に壺は隠してあったのよ。危うく中身が瓦礫の下敷きになってしまうところだったわ」  すみ子が叫んだ。  「馬鹿とはなんだ」  若い方の男が、すみ子の首筋に包丁を近づけた。  「ふふ。構わねえ。減らず口叩くのも、今のうちさ」  佐久間がほくそ笑み、再びボケットに手を入れた。  「こいつは何だか、わかるかな」  一見ベンのように見えるものを、カオルの掌に乗せる。  「ベン型の、盗聴器か」  カオルが呻いた。  「察しがいいな。盗聴器には色んなタイプがあるだろ。延長コードに見えるやつとか、メガネに見えるのとか。超小型の目立たないタイプもある。そいつ等を境内の建物全部に仕掛けておいた。壺を確保したら、必ず『無限の宝』を探す相談を始めると読んだのさ」  すみ子が唇を噛んだ。  「つまり、私と井中先生が庫裏の応接間で話していたことも筒抜けだったのね」  「そういうことだ。薬師堂の扉にも盗聴器をセットしてあってな。全部聞かせて貰った」  「悔しい! 何てことを」  佐久間の眼に、陰惨な光が宿った。  「『無限の宝』のありかが見当ついた以上、あんたらは最早用済みだ。二人仲良く始末してやる。ありがたく思いな」  佐久間は懐を探った。  「こんなものを、作ってあるのさ」  白い封筒を、すみ子の目前に翳す。  「『遺書』…。どういうこと?」  佐久間は、薄笑いを口元に浮かべる。  「あんたから弟に宛てての遺書だよ」  封筒から一枚の紙を取り出して、すみ子の前に広げる。  「お寺をあなたから預かったけど、うまく行かないことばかり。何もかも嫌になりました。ごめんなさい…」  読み上げるすみ子の顔が、真っ赤に染まった。  「何よこれ! ふざけないで」  「あんたら二人を刺殺したあと、あんたの遺体に凶器の包丁を握らせる。寺の運営に行き詰まったオーナーの女が、彼氏を道連れに心中ってワケさ」  「ひどい! ひど過ぎる! 冷血漢!」  「ふふ。何とでも言いな」  男は口元を歪め、笑った。  「携帯やスマホは預からせてもらうぜ。警察に通報されても困るんでな」  若い方の男が告げ、カオルに左掌を差し出した。  「あの二人、顔見知りなんですか」  カオルとすみ子は、上半身を荒縄で縛られ、両手は後ろに回されている。  「ええ。ここのお寺では、父の代からセレモニーホールを経営してまして。父が亡くなった後は、私がオーナーなんです。あの二人…佐久間と辰巳っていうんですけど…。お寺の清掃とか、セレモニーホールのお花の手配などをしていました。ですけど…」  すみ子は眉を寄せた。  「私が若い女だと、なめられていたようで…。セレモニーホールの公金を横領していたことがわかりまして。つい最近、解雇したばかりなんです」  「つまり、不正を働いていながら解雇されて、逆恨みってことですか。悪質だな」  すみ子は頬を紅潮させた。  「そうなんです! ホントに頭に来ます!」  「まあ、お気持ちはよく、わかりますが…。落ち着いてください」  すみ子は俯いた。  「怒りもありますけど…。それ以上に、今日明日にも殺されるんじゃないかと思うと、怖い…」  すみ子はカオルに顔を向けた。  「先生は、怖くないですか?」  「勿論、不安はあります。でも、そういう時はあえて冷静を装うことにしています。不思議なもので、装うことで、いつの間にか本当に冷静になれるんです」  「すごい…。私には真似できない」  「大丈夫。落ち着いて周りを観察し、冷静に考えれば、必ず策は見つかります」  すみ子は頷いた。  「私、先生を信じます。絶対、一緒に助かりましょう」  「そう来なくちゃです。で、僕はいくつか確認したい点があるんです」  「何でしょう」  「僕達が今閉じ込められているのは、五重塔ですよね。さっきまで宝探しをしていた薬師堂とは、山道を挟んで斜向かいだ」  「はい。そうです」  すみ子が頷いた。  「五重塔って、普通上の階に登るものではない。なのに僕達は最上階まで登らされて、こんな牢屋みたいな部屋に押し込まれた。何か不自然じゃ、ありませんか?」  カオルは辺りを見回した。  「鉄格子で囲まれている上、頑丈な鍵まで付いていて、外側からしか開けられない。こんな部屋がお寺にあること自体、変です」  「確かに、変ですね。でも」  すみ子は首をひねった。  「一種、お仕置き部屋みたいなものではないでしょうか。私も子供のとき、父に怒られてここに閉じ込められたことがあります」  「お仕置き部屋にしては、イヤに窓が大きくないですか? まるで見晴らし台だ。お仕置きが目的なら、窓がない暗いところでしょう」  カオルは、広い窓の傍までにじり寄り、窓の外を見やった。  「ここからなら境内が一望できる。お仕置き部屋としては、ちょっと違う」  窓からは、さっきまでいた薬師堂をはじめ、本堂や鐘楼、焼けた山門などが眼下に見下ろせる。  「でも、鉄格子が付いているってことは、やっぱり誰かを閉じ込める目的があったんではないでしょうか」  「いえ」  カオルが首を傾げる。  「ここは特別な者しか入っちゃいけない、という意味があったのかも知れません」  「なるほど。父は単に鉄格子が付いてたから、お仕置き部屋に使っていただけかも」  カオルは、視線を鉄格子に向けた。  「何より気になるのは、この鉄格子の形です。よくある縦方向の直線じゃない。まるで竹細工の籠を、鉄で作ったみたいだ」  すみ子は、鉄格子をまじまじと見つめた。  「そういえば、この鉄格子、籠の目ですね。私達はその中。まるで、私達が『籠ノ中ノ鳥』みたい…」  すみ子ががぽつりと呟いた。     
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