(五)

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(五)

 僅かに差し込む月明かりの中、すみ子は眼を覚ました。  カオルは星空を見つめている。  「井中先生、ごめんなさい。私、いつの間に…」  すみ子は縄目のまま、柱にもたれて眠っていたのだ。  「謝ることは、ないですよ」  星空を見ていたカオルが、すみ子に向き直った。  「僕達は今、生きるも死ぬも一緒の運命共同体。先生はやめてください」  すみ子の眼が、一瞬見開かれた。  「はい。じゃあ、カオルさん…。私達、まだ生きてるってことは、佐久間さん達はお宝を見つけてないってことよね?」  「ああ」  カオルは身をよじって、窓ににじり寄る。   すみ子が後に続いた。  二人揃って、佐久間と辰巳が床下に潜っている薬師堂を見下ろす。  「床下への隙間から、かすかな明かりが漏れている。まだ彼等が捜索を続けている証拠だ」  「良かった…。いっそ、私達の推理が外れていればいいんだけど」  カオルは微笑んだ。  「そんなに不安がることはないさ。昨日の昼過ぎから半日程捜し続けてまだ見つからないということは、僕達の推理が正しくなかったってことだ」  「正しくなかった?」  カオルは頷いた。  「一つは、暗号の冒頭、『籠ノ中ノ鳥』」  カオルは振り返った。  「この牢屋のような部屋の鉄格子。恐らくこいつが暗号を解く鍵の一片だ。僕達の昨日の推理では、立論の要素に含めていなかった。含めれば結論が、変わって来る筈だ」  カオルは再び、眼下の薬師堂に視線を向ける。  「次のフレーズ、『夜明ノ晩』。すみ子さんの説を否定するようで悪いけど、これは日光菩薩と月光菩薩ではない」  すみ子は首を振った。  「遠慮しないでいいわ。でも、違うとすると、何なんだろう」  「『晩』という言葉には、ある時期や時間帯の最後のほうって意味もある。晩年とか晩秋とか…。夜明けの時間帯の最後のほう、という意味かも」  「なるほど。昨日ははじめ、『夜明ノ晩』って矛盾した言葉だって思ったんだけど、そう考えれば納得だわ」  「僕が考えた『鳳凰ト亀』が南北を示すってのも間違いかも知れない。何か、別のものを指している可能性大だ」  「この暗号、ホントに難しいね…。考えれば考える程、わからなくなる」  すみ子は眉を寄せた。  しばし、沈黙の後…。  二人の横顔に、不意に薄桃色の光が差した。  「日の出か」  カオルは思い出すように言うと、すみ子から離れた。  窓のあるほうへと、身をよじりながら進んで行く。  すみ子が後に続いた。  窓に顔を寄せると、東の空に太陽が昇り始めているのが見える。  西の空には満月が、残照を残し沈みかけていた。  「『夜明ノ晩』か…」  カオルは呟いた。  眼下には五重塔の影が、朝日に照らされて薄く、細長く延びている。  「おっ! これは…」  カオルが叫んだ。  「これが、鳳凰と亀か」  カオルは、足を踏み鳴らした。  「わかった! わかったぞ! 『無限の宝』の隠し場所…」  「えっ? どういうこと?」  すみ子が眼を見開いた。
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