(八)

1/1

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

(八)

 「ごめんね」  五重塔を後にし、影の交錯点へ歩いて行く途上。  灌二がスコッブを担ぎ、美希がバケツを提げている。  その後ろに並んで歩くカオルに、すみ子が声をかけた。  「お宝の隠し場所の暗号。『籠ノ中ノ鳥』」  すみ子が、カオルを上眼遣いで見つめる。  「あれって結局、五重塔の籠目のある部屋に籠もって…。言い換えれば自分が『籠ノ中ノ鳥』になって、そこから見える光景を見ろ、だったのよね」  「そういうことになるね」  「私がはじめからあの部屋の存在を思い浮かべていれば、もっと簡単にお宝の隠し場所がわかっていた…。私が次の『夜明ノ晩』を日光菩薩と月光菩薩だなんて間違って解釈したもんだから、見当違いの薬師堂にカオルさんを連れて行ってしまったんだわ」  「いや」  カオルは首を振った。  「『夜明ノ晩』が夜明けの時間帯の終わりの方だって確信を抱いたのは、僕だって夜明けの眺めを見てからだ。僕も当初、『鳳凰ト亀』って南と北って間違えたから、お互い様だよ」  カオルは微笑んだ。  「それに、はじめは間違えて解釈したお陰で、佐久間さん達に殺されずに済んだ訳だし…。むしろ、佐久間さん達に五重塔に監禁して貰って、お宝に近づけたのも確かだ」  すみ子の顔にも、微笑が浮かんだ。  「そうね。終わり良ければ全て良し、かな…」  「あの。お話し中、申し訳ありません」  前を歩いていた灌二が、振り向いた。  「影の交錯点、この辺りかと…。間違いないですか」  すみ子はカオルから眼を離し、前方の地面に視線を向けた。  「ええ。この辺だったわ。松の木と桜の木の真ん中…」  カオルと灌二がスコッブを振るい、すみ子と美希が掘った土をバケツで運ぶ。  四人が黙々と作業をするうち、深さ三メートル程の穴が出来た。  「先生! ここに、固い大きなものがありますよ」   スコッブを持っていた灌二が叫び声を上げた。  カオルとすみ子、更に美希が道具を置き、灌二の元に駆け寄る。  「すごく大きな、平らな岩だ。これは匂うな」  カオルが呟く。  美希がしゃがみ込んで、赤茶色の土を掻き分けた。  「何か文字が、刻んでありますよ」  カオルが覗き込む。  「ム…ゲ…ン…ノ…」  すみ子が続いた。   「タ…カ…ラ…」  「『無限の宝』! とうとう、見つかったんですね」  美希の横で、灌二が悲鳴を上げた。  「あ、熱い!」  「えっ。太田君、どうしたの」  灌二は足元を指差した。  大きな岩の隅から、透明な液体が染み出していた。  そこから微かに、湯気が立ち昇っている。  美希が液体に、そっと小指を近づけた。  「きゃっ。熱い!」  「これって、もしかして、温泉?」  すみ子がカオルを見る。  「そのようだね」  カオルが無表情に、頷いた。  「がっかりだなあ…。無限の宝って、温泉だったの?」  すみ子が膝を突いた。  「金銀財宝、ザックザクかと期待してたのに。文之介さんって、ひょっとしてすごい食わせ者?」  カオルがすみ子の肩に手を置く。  「がっかりすることはないさ。温泉ってすごい宝物だよ」  「そう?」  カオルは首肯した。  「文之介さんの時代には、お寺に温泉が湧き出しても困るだけだったろう。だけど、今は価値観が変わっている。実際、お寺にお風呂を併設して、お墓参りの折りに入浴して貰っている例もある」  「そう言えば、聞いたことはあるわ。ウチの場合セレモニーホールがあるから、そこに温泉を設置するってのもありかもね」   「だろう?」  「で、少しばかり浄財をいただけば、積もり積もって山門の再建資金にできるかも」  「あのう…」  にこやかに笑いながら、美希が声をかけた。  「私達これから、来月の文化祭の打ち合わせがあるんで、学校へ行かないといけないんです」  言いながら、灌二の袖をそっと引っ張る。  「わかった。ご苦労さん」  カオルが手を上げ、すみ子が会釈する。  灌二の袖を指で捕まえなから、美希が山門の焼け跡方向へ歩き出した。  「打ち合わせなんて、あったっけ?」  美希の耳元で、灌二が囁いた。  美希は、黙って後方を指差す。  カオルとすみ子が手を取り合い、じっと見つめ合っている。  「僕達、お邪魔虫ってことか…」  「温泉のことは、おいおい考えればいいわ」  カオルの手の温もりを感じながら、すみ子が言った。  「カオルさん。私と付き合ってくれる?」  すみ子は俯き、眼を閉じた。  「結婚、前提で…」  「えっ…。結婚?」  カオルはのけぞった。  額に、汗が滲む。  「ずいぶん、うろたえるのね。普段は冷静過ぎる位、冷静なのに」  すみ子の手を握るカオルの手に、汗が滲んだ。  「いや。ちょっと待った」  すみ子が眼を開け、瞳を潤ませる。  「イヤなの?」  「いやじやない。すみ子さんは頭がいいし、とても綺麗だし…。何より僕を誰よりも理解してくれそうだ。僕にとって理想の女性に違いない」  「じゃあ、何が問題なの」  カオルの額に、更なる汗が吹き出ている。  「僕達、出会って間もないだろう。第一僕は奇人変人の類だ。僕の過去のことだって、まだ話してないし…。すみ子さんが後悔しないよう、僕を観察する期間が必要だと思うんだ」  「観察? そんなの、愛には必要ないわ」  すみ子はカオルの胸に飛び込んだ。  カオルの身体の温かみが、すみ子を柔らかく包み込む。  カオルは震える手で、すみ子の背中に手を回した。  「あなたこそ、私の無限の宝だもの」  カオルに抱きしめられるすみ子の頬に、大粒の涙が伝っていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加