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 玲奈の全身に悪寒が走った。寒い、冷たい、痛い。  両方の手の甲を見ると真っ白になっていた。裏返して手のひらを見ても霜が付いて真っ白だった。学生服もスカートも真っ白の霜に覆われ凍り始めていた。  智樹に助けを求めようとしたが、もう手も上がらず、口も開かなかった。  自分の視界を白いものが覆ってきた。まつ毛が霜に覆われているのだろう。もう髪の毛も白髪になっているに違いなかった。  白マントに包まれてしまった。私は死ぬんだ。  寒さも痛みも感じなかった。耐えられない強い眠気が襲ってきた。そのまま引きずり込まれるように玲奈は瞼をとじた。 「玲奈!」  智樹は叫んだ。  両手を軽く前に持ち上げた格好で凍ってしまった玲奈の氷像が揺れ始めた。  あっという間にバランスを崩し、前に倒れた。  ガシャという音がして、玲奈の白い象は粉々に割れた。  拾い集めて元通りにすることはできない。粉々だ。玲奈だった白い氷片はすぐに溶けだし、赤色に変わっていった。玲奈の全身の血が智樹の足元に血だまりを作り始めていた。 「ちくしょう!」  智樹は本当に玲奈が好きだった。あんなに素敵な女の子はいない。しっかりとしていて凛としていて。一旦、玲奈を見てしまうとなかなか目が離せなかった。あの高潔で清廉な立ち振る舞いに心を奪われていた。  その玲奈が死んでしまった。  智樹は両膝を床につき、玲奈の名を叫んだ。嗚咽が止まらなかった。 「赤マントか、青マントか、どちらか選べ」  智樹は涙と鼻水を垂らしながら、ゆっくりと立ち上がった。 「まだ、いってるのか。暇なやろうだ。こんなことして楽しいのかよ。変態め」  智樹は赤マントに対峙した。  玲奈の言う通りなら、白マントが失敗した以上、正解は黒マントのはずだった。だが引っかかるものを感じていた。違和感というより、悪いイメージが頭に浮かんでいた。黒マントと答えた瞬間、自分が、真っ赤な炎に包まれて黒焦げになってしまうイメージだ。  どうしても黒マントという言葉が口から出なかった。  だが、もうこんな馬鹿げたゲームに付き合ってられなかった。玲奈がいない世の中なんて、どうでもよかった。 「よし分かった。両方くれ。赤マントと青マント、両方だ!」  どこからか聞こえてきた小さな笑い声が段々と大きくなっていった。赤マントが笑っていた。 「ケケッ、ケケケッ、ケケケケケッ」  赤マントの仮面の口が開いたように見えた。顔をのけ反らして高笑いしていた。  そして大鎌を頭上に掲げ、柄を半回転して振り下ろした。  鎌の刃のついていない部分で智樹の額を打ち据えた。智樹は衝撃に耐えきれず後ろに下がった。  赤マントは滑るように近づいて、鎌の柄で智樹を乱打した。  頬、耳、首。腕、肘、腹。腰、膝、足。あらゆるところを殴った。  智樹は机や椅子を倒しながら後ろに逃げようとしたが、赤マントは狂気の乱打を止めようとはしなかった。 「ケケケッ、ケケケッ、ケケケッ」  どこまでも追ってくる。  智樹は床に倒れ、体を丸めた。  足、背中、後頭部。赤マントは容赦なかった。  智樹は息もできなくなり、悲鳴をあげることもできなかった。  だが、叩かれれば叩かれるほど、身体のダメージと反比例して、赤マントへの怒りが膨らんでいった。心の底から徐々に大きくなり、やがて爆発した。 「止めろ!」  智樹の叫びがお仕置き部屋に響いた。  そして静寂が訪れた。物音ひとつしなかった。  智樹は目を開けた。体中が痛く、固まって見渡すことはできなかったが、赤マントは見当たらなかった。  智樹は気を失った。  身体の痛みに起こされた。数時間は経っているように思えた。  全身が痛かった。骨も筋肉も関節も皮膚も痛かった。外傷性ショックで死んでも不思議がないくらいの打撃をくらったが、とにかく生きていた。生き残ったのだ。  智樹はゆっくりと身体を起こし、その場に座り込んだ。そのまま三十分ほど休んだあと、椅子にしがみ付きながらなんとか椅子に座った。そしてまた三十分ほど休み、今度は、両手を机について立ち上がろうとした。早くここから出たかった。 「ヘッ、なんだ、そういうことか」  智樹は笑った。正解したのだ。赤マントに勝ったのだ。ヤツは根負けしたわけでも、情けを掛けたわけでもなかった。  智樹の両手は赤紫になっていた。多分、顔も含めて全身が打ち身で赤紫になっているはずだ。赤マントと青マントを両方選び、混ぜて赤紫にするのが正解というわけなのだ。両方のマントを着るのだ。これだと『そんなマントはない』不正解にはならない。 「玲奈」  知らず知らずに玲奈の名を呼んでいた。  智樹は一センチ一センチ、ゆっくりと進んで出口に向かった。途中、早川兄弟たちの床の跡から顔を背けながら進んだ。  やっと出口にたどり着いた。  扉に手を掛け開く前に、一瞬、手をとめた。そして取っ手の上のガラスに映った自分の顔を見た。目も頬も腫れ、自分で見ても自分の顔とは分からないほどだった。ひどい顔が自分を見つめていた。廊下の暗闇が透けていて顔色は分からなかったが赤紫なのだろう。  大きく息をはいて、扉を開こうとした。だが力を込めても扉は動かなかった。  どういうことだ。  扉のガラスを見た。  智樹の背後に赤マントがいた。 「開けろ。俺は正解したはずだぞ」  智樹は振り返らず、ガラスの中の赤マントにいった。 「正解です。ありがとう」 「ありがとうだ? おめでとうの間違いだろ」 「私の口からは、おめでとうとは言えません。本当にありがとう。やっとここから出ていけます」  赤マントの影が揺らいだ。マントの中の実態が消滅したかのように、仮面とマントが一瞬空中にとどまった後、重力に引かれて真下に向かっていった。  智樹は身体が悲鳴を上げるのも構わず、振り返った。  赤マントは消えていた。床を見たが、仮面もマントも落ちていなかった。  もう、こんなところにはいられない。悪い予感がして力任せに扉を引いた。だがビクともしなかった。 「いやだ、いやだ、いやだ」  智樹は泣きながら叫んだ。両手で扉を引くが全く動かなかった。智樹は恐る恐る顔をあげた。  ガラスには智樹ではなく、怪人赤マントが映っていた。(了)
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