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日に日に熱を孕んでいく身体を抱えながら、露草は溜息を吐く毎日を過ごしていた。
仕事にも全く身が入らず、せっかく指名してくれた客を前にしても上の空で。
一気に成績を落とした露草を心配した紅鳶や青藍が何度も声をかけてくれた。
「何か悩みでもあるのか」
「吐き出せばすっきりするかもしれないよ?」
しかし露草は頑なに首を横に振ると、何でもないと答え続けた。
誰にも言えない。
言えるわけがない。
楼主に抱かれたくて悩んでいるなんて…
贅沢は言わない。
せめて一度でいいから思い切り抱かれてみたかった。
あの冷たい眼差しに火が灯る瞬間を見てみたい。
理性をかなぐり捨てた男の荒々しい雄の姿を見てみたい。
他の誰でもない、露草の身体で、そうなっている所を見てみたかった。
そうすればこの熱も、もやもやとした感情も少しはマシになるかもしれない。
もしかしたら、諦める事だってできるかもしれないのだ。
そこではた、と気がついた。
ここはゆうずい邸。
露草は今、客を抱く側の男娼だ。
ここにいる限り、当然露草はタチとしてしか見られない。
抱く側のホストを抱こうなんて誰が思うだろうか、と。
しかしもしもしずい邸の抱かれる側の男娼ならばどうだろうか。
決して華奢で可憐な体型ではないし、性格だっていい方ではない事は自覚している。
こんな自分にしずい邸の男娼が務まるかどうか、ハッキリ言って自信はない。
しかしこのままの悶々としたものを抱えたままゆうずい邸で過ごすのももう限界だった。
何か少しでも希望があるのならそれに縋りついてみたい。
しずい邸にいれば、あそこで一番手を張る事ができたら…あの男も少しは露草の事を意識してくれるかもしれないと思ったのだ。
そうして露草は、それまで名乗っていたゆうずい邸の『露草』を捨てた。
しずい邸の男娼になりたいと自ら申し入れた時もあのポーカーフェイスは眉をピクリとも動かさなかったが。
「酔狂な奴だ。言っとくがこっちはあっちほど甘くねぇぞ」
煙管をふかしながら冷たい口調で脅される。
そんな事はわかっていた。
楼主に抱かれる為とはいえ、これから何人もの客に身体を弄ばれる事になる。
これまで抱く側だった露草が、逆の立場になるという事が肉体的にも精神的にもどれだけ苦痛を伴うか…
きっと露草が思っている以上の厳しい世界だと思う。
しかし『ツユクサ』は決めたのだ。
全てはあの男のために…
抱かれる男になるのだと。
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