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1.藤倉くんと帰り道
「なぁ、お前グリーンピースって好き?」
「グリーンピース?そうだなぁ…別に嫌いではないかな」
二人で帰るこの道はいつも長いようでいて短くて、くだらない会話をしていたらあっという間に駅に着いてしまう。
藤倉がいつも俺の歩調に合わせてくれていることには何となく気付いている。…こういうところ、何だかんだで気の回る奴だと思う。
俺もこいつの歩調に合わせるべきかと思ったけれどそうしたらもっとあっという間に家まで着いてしまいそうだし、何故だかそれがもったいない気がして、今日も俺は何にも気付かない振りをしていつも通りの歩幅で歩くんだ。
だけどこのふたりの時間に繰り広げられるのは大抵どうでもいい、中身の無い会話だったりする。それがまた当たり前で本当に小さなことだけれど、心地好い。
「だよなぁ。俺も普通に食える。けどよくグリーンピース苦手って人いるじゃん?あれって何でなのかなぁって」
「さぁ?味が苦手なんじゃない?」
「いやー、ピーマンとかみたいにあからさまに苦いんなら分かるけどさ、グリーンピースって別にそんな苦くないじゃん?」
「そうだね。そう言われてみれば味が思い出せないな…」
「まぁ一粒一粒が小さいしな」
「あぁ、それか食感が苦手とか?」
「なるほど、それはあるのかも。俺はあれだ、あれが苦手。えと…何だっけ?あのブロッコリーの白いやつみたいな」
「カリフラワー?」
「そうそれ!でもブロッコリーは食えるんだよなぁ」
「ふふっ、知ってる」
「え?弁当には入れないでって頼んでるはずだけど、お前の前で食ったことあったか…?」
俺の疑問に若干被せるようにして、藤倉が再度確認する。
「で、カリフラワーは、苦手なんだね」
「あーそうそう!でもあれって色以外殆どブロッコリーじゃん。あれ、じゃあやっぱ味が苦手ってことになんのかな?」
「そうかもね」
「お前は?何か無いのか?苦手な食い物」
そう言えばこいつの好物とか嫌いな物とか、パッと思い浮かばない。俺ばっかり何故か勝手に知られているのは癪なので本人に直接聞いてみよう。
「んー…強いて言うなら、きのこ類」
「まじで」
何とまぁ可愛らしい。こいつにも苦手なものがあるんだな、と自分で聞いておいて勝手に驚いてしまった。
「食べようと思えば食べられるんだけどね。俺はあの食感が苦手かなぁ…」
「あーちょっと分かるかも。こんにゃくとかな」
「そうそう。あのぐにっとした感じがちょっと」
「でも椎茸とか、鍋に入れると良い出汁が出るんだって」
「まぁ確かに」
「俺はあと、生のトマトがちょっと苦手。でも火が通ったのとかケチャップとかは全然平気だから、あれも食感が無理ってことになるのかな」
「ふふっ、そうだね」
こんなくだらない話も、面倒くさがらずに聞いてくれる。俺はこうだよと話すと、藤倉もぽつぽつとだが自分のことを話してくれる。端から聞けば、身も蓋もない、すごくどうでもいい話。だけどその中から少しずつ、ほんの少しずつだけどこいつのことを知っていける。それが何だか嬉しくて、ひとつひとつこいつの欠片を拾っては繋ぎ合わせるんだ。
それを指先でつまみ上げて、くるくると弄んでは光に翳す。そうするとダイヤモンドみたいにきらきらと光を反射して、辺りを虹色の光が飛び交う。
綺麗だなぁと思うこともあれば、何だこの色はと思うこともある。眩しすぎて鬱陶しいなと思うこともあれば、空が暗く陰って、光が鈍くなって、それを少し寂しく思う時だってある。それでも俺は、探すんだ。
皆が知ってる欠片も俺しか知らない欠片も全部全部かき集めて、その光が俺の手の中でいっぱいになったら。
そうしたら、本人にも見せてやろう。
お前はこんなに綺麗なんだよって。もちろん汚れてるところもあるけれど、それも含めてこんなに輝いてるんだよって。
俺はそれがすごく、好きなんだよって。
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