2.澤くんと心配事

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2.澤くんと心配事

動く度に足元でキュッキュッと鳴る摩擦の音。あちこちから聞こえる掛け声に、ボールが床にぶつかる鈍い音、時にはゴールの網と擦れ合うパサッという心地好い音が広く四角い空間に響く。 その日は、また他校の運動部との試合だった。今日はバスケ部で、試合場所は相手の高校の体育館。 試合と言っても練習試合のようなもので観客は居ない。俺はその日、たまたま怪我をしてしまった部員の代わりとして人数合わせのために呼ばれただけだった。筈なのだが。 「澤!危ないっ!!」 「っ?!」 チームメイトの叫び声の直後、バンッ!と大きな音が鼓膜に響いて顔面に強烈な痛みが走った。ぐらりと歪む視界に空中に投げ出される右手がちらりと映る。気付けば俺は高い天井を仰ぎ見ていて、コロコロとバスケットボールが床に投げ出された俺の手元を転がっていくのを振動で感じていた。 床、冷たい…。顔は凄く熱いのに。 多分、顔面にボールがクリーンヒットしたんだな。皆の慌てたような声をぼんやり鼓膜に受け取りながら俺はゆっくりと、本当にゆっくりと上体を起こした。良かった、頭はぐらついていないし、脳震盪を起こした訳でも無いみたいだ。…鼻辺りが超痛いけど。 どうやら倒れる瞬間に片手で受け身を取っていたようなので頭を強く打った様子も無い。ナイス俺の反射神経。 「おい澤っ?!大丈夫かっ?!!」 チームメイトが慌てた形相で駆け寄ってくる。どうやら試合どころじゃなくなってしまったようで、審判をしていたチームメイトも顧問の先生も皆俺の周りに集まってきてくれた。 「ってて…だいじょぶ、あれ」 痛みが強い鼻に手を当てると、ぬるりとした感触。そっと離すと、手は真っ赤に染まってぽとりぽとりと借り物のユニホームを赤い雫が汚していった。 「大丈夫っておま、血!鼻血出てんぞ?!」 「あ、ホントだ。やべー垂れる垂れる」 「呑気に言ってる場合か!誰かティッシュ!それかタオルと、あと保健室連れてくの付き合ってくれ!」 「大丈夫ッスよこんくらい。一人で行けますって」 「馬鹿か、一人で行かせられる訳無いだろ?!ってかあいつら、絶対わざとじゃねぇか…クソ共が」 バスケ部の部長が振り返ると、そこには意地悪そうな笑みを隠しもしない他校のバスケ部員たちがひそひそ話をしていた。まぁ、大方見当はつく。流石に鼻血まで出たのは初めてだけど、似たようなことは中学の頃からあったから。まぁそれらも中学の後半にはぱったりと無くなったから、正直油断してたけど。 「クッソ…!俺ちょっとガツンと言ってくるっ!」 「やーめろって、ちょっと鼻血出ただけだし。…向こうも良く思ってないのは、俺も分かってたから」 完全に頭に血が上ったらしいチームメイトを宥めながら、俺は貰ったタオルを鼻の辺りに押し当てた。真っ白いタオルが段々と赤く汚れていくことに、だろうか。罪悪感が俺の心にじわじわと広がっていくような気がした。 「だからってこんなこと許されてたまるかよ!!…チッ、さっさと行くぞ」 大丈夫だと言ったのに、部長に肩を担がれて保健室まで運ばれる。その間に鼻血も痛みも幾分マシになって、白かったタオルを汚す血も少しずつ止まっていった。 俺は…スポーツが好きだ。身体を動かすことが単純に楽しいし、それで周りの役に立てるのも嬉しいと思う。 だけどふと考えてしまう。別にちゃんと毎日練習してる人達のことを馬鹿にしている訳じゃないけれど、もうこういうことは止めたほうが良いのかな、なんて。そりゃまぁこんな風にあからさまに攻撃してくるのはどうかと思うけど。 それでも真剣にそのスポーツに向き合ってる人達に俺は失礼な事をしてるんじゃないだろうかって、たまにそんな思いが過ぎるんだ。 こんなことを話したらあいつは何て言ってくれるだろう。どうせ俺の好きにすればいいよって甘やかしてくるんだろうなぁ。 …それにしても、あいつが今ここに居なくて良かった。もしこんな場面見られていたらめちゃくちゃ心配させてしまいそうだから。
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