第十一話:死神教授とE20サミット(前編)

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 「…うぇっ。」執務室を出て一つ目の角を曲がったところで、吾輩は眼前に広がる光景を見て思わず変な声が出てしまった。目の前で、カンナと、少しだけカンナより年上に見える金髪の少女が床にトランプを拡げて楽しげに遊んでいるではないか。  えーと、この期に及んで、吾輩はひょっとして悪い夢でも見ているのかな?一瞬、現実逃避でそんな事を考えても見たのだが、もちろん、そんな筈はなかった。と、金髪碧眼の少女は吾輩に気付くと、弾けんばかりの笑顔で手を振りながら挨拶してきた。  「ハーイ、あなたね、カンナのダディって。あんまり似ていないわねぇ。」  いつの間にそんな話になっているのやら。冷たい視線をカンナ=総統閣下に向けるが、どこ吹く風と知らんぷりをしてやがる…おられる。最近、ますます扱いにくさに磨きが掛かって、さしもの吾輩の鋼のメンタルも崩壊寸前である。それにしても、この子は一体…。  「私はシャルロッテ。ロッテで良いわ。アメリカから来たの。」ふむ、例のダムダム団の先行部隊が連れてきた家族か。  意外に思われるかも知れないが、今回のE20サミットには子供を連れて参加している者が案外多い。手っ取り早く周囲に敵意の無さを見せるには、それが一番効果的ということなのだろう。と言う訳で、普段殺伐とした雰囲気が漂う我がチョーカー日本支部は、時ならぬ華やかさに包まれているのであった。  だが、それは同時に、会議を主催する吾輩達にとっては実に頭の痛い問題である。そもそも、悪の組織で子供の扱いに慣れている者が居ると思うか?普段は幼稚園バスとか襲っているような連中だぞ?いや、もちろん我がチョーカーはそんな卑劣な事はせぬ。しないが故に、普通の(?)悪の組織に比べても一段と子供の扱いが苦手なのは否めない事実である。  何しろ彼らは人の話を聞かない。突拍子もない行動に出る。何よりも自制が出来ない。と言う訳で、いよいよ開会を数日後に控えた大事な時だと言うのに、基地内の警備スタッフは早くも疲労困憊という有り様だ。  まあ、それは当日は子供たちを別の場所に集めておけば済む話なので良いとして、さて、目下の課題としては、どうやってこのロッテと言う名の子供を扱うべきか…そう思案していたところ、思いがけぬ反応が返ってきた。  「私もそろそろ行かなくちゃ。カンナちゃん、またね!」そう言うなり、手際よくトランプをケースに仕舞いこむと、金髪の少女は勢い良く立ち上がり、あっという間に駆け去ってしまった。随分と聞き分けの良い子だな、と思わない事もなかったが、それよりも今は、遊びを中断されて不機嫌そうに頬を膨らませているカンナ=総統閣下のご機嫌を取り結ぶ方が先決であった。  最後は警備責任者としての自分の立場も解って下さい、と半ば泣き落として総統閣下には自室に戻って頂き、居住まいを正した吾輩は、一つ深呼吸をすると、決意を込めてその部屋のドアをノックした。「どうぞ。」の声に静かに扉を開く。  テーブルの向こう側に座った男。仕立ての良いスーツを着こなした長身痩躯を、わざわざ今回のためにアメリカから持ち込んだ豪華な調度品で飾り立てられた執務スペースに沈めている。  「遠路はるばる、ご苦労様です。吾輩は今回のサミットを取り仕切る、チョーカーの死神教授と申します。」そう自己紹介しながらマホガニー製のテーブルに近寄ると、ようやく相手も本皮の椅子から立ち上がり、ゆったりとしながらも流れるような動作で、こちらに歩み寄ると握手を交わした。  「お初にお目にかかります。ダムダム団サミット先遣部隊の団長を拝命しました私、アンバサダー・ハーデス。さよう、日本語に訳するならば、『冥府大使』と言うところですかな。切れ者と噂される死神教授と、こうしてお会いできて光栄に存じます。」  些か慇懃無礼ではあったが、それでも吾輩は目の前の人物に好感を覚えた。比較するのも無礼ではあるが、チョーカー欧州支部の誰かさんとは人間の器が違う。長旅のせいもあるだろうが、まだ20代と言う若い見た目にも関わらず、少し目元に気苦労の跡が見て取れるのも好ましい。  だが、この副官の方は、些か問題があるようだ。と、次に吾輩に笑顔も浮かべず、ずかずかと歩み寄って来た小太りの男を一瞥して吾輩は思った。「副官を務める『砂漠の狐』だ。早速だが、待遇の不満点を述べたい。まずは…」  「静かにし給え。」先ほどの態度はどこへやら。静かだが氷のような冷たい声で冥府大使は副官の言葉を遮った。忽ちその場に縮み上がる『砂漠の狐』。「ほう。」吾輩は心の中で感嘆の声を上げた。流石は先遣隊の団長である。そして同時に、おおよその事情を把握した。先遣隊団長とは表向きの事。実際は、この人物こそがダムダム団のNo.2なのであろうと。  相手が有能だと実に話が早くて助かる。と言う訳で吾輩と冥府大使の会談は思ったよりも早く終わり、後は実務者同士で話合うという事で落着した。用も済んだ事だしと、部屋から出ようとした吾輩に、背後から冥府大使の声が掛かった。「もし時間があるようでしたら、一杯コーヒーでもお付き合い願えませんか?」
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