野良猫

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ピーピーとタイマーが鳴り、それと共にクッキングヒーターの電源が切れた。 ちょうどその頃ゴローは風呂から出ていてタオルで頭を拭いていた。 着替え用に置いてやった俺の寝巻きは少しでかいようで、裾余りになっている。 「ゴロー」 呼びかければぴくりと肩が動く。 名前を聞いても答えないので、俺が勝手につけた呼び名だ。あいつの目が実家で飼っている猫のごろ太によく似ていたからそれにあやかった。 「飯、出来たぞ」 出来上がった親子丼を机に置いてやると、ゴローは一度俺を見て、机の前に座り大人しく食べ始めた。 静かな部屋の中に咀嚼音だけが響く。俺は台所で二本目の煙草に火をつけ、ゴローを見つめた。 年は…恐らくかなり若い。ひょっとすると成人すらしていないかもしれない。 俺はゴローの素性を何ひとつ知らない。 突然ふらっとやって来てふらっといなくなる。何も喋らないし、そもそも声を発した姿を見たことがない。 奇妙な男と言えばそれまでだ。 だが、俺自身はゴローを気に入っている。 一人暮らしで恋人もいない。これといった趣味もない。近頃は体のことを考えて、遅くまで飲みに行くのもやめてしまった。することと言えば自炊くらい。 そんな侘しい生活の中に転がり込んできた得体の知れない男。こいつが家にいると不思議と心が満たされる。 ゴローの隣に胡座をかいて座った。 「美味いか?」 ゴローがこくりと頷いた。三十半ばも過ぎた男の家で飯を貰わなければならないと言うのは、考えようによっては大分ヤバイ事情を抱えているのかもしれないが…。正直なとこ、俺はそれでも構わない。 ゴローの頭を撫でる。湿った髪の毛が指に吸い付いて心地いい。 不思議な魅力のある男だ。 物静かで大人しいのにナイフのように鋭い危うげな雰囲気を持ち、ボロ雑巾のような姿であろうと滲み出る高潔さがある。 俺は日を追う事に惹かれていった。 「好きだよ」 目線が俺に向く。ゴローは暫くそうしたあと、興味無さげにふいと顔を逸らした。 素っ気無い。言われ慣れてんだろうなあ。 こいつには俺みたいな"餌場"が何人いるんだろうか。 もぐもぐと親子丼を食べるゴローを見つめながら俺は目を細めた。
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