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野良猫
金曜日の夜。開け放した窓の外から生垣の梔子の香りがしてくる。
風呂上がり姿で換気扇の前に立ち煙草をふかしていると、背後でカララ…と網戸の開く音がした。咥えた煙草から灰がぽとりと落ちる。
久しぶりに来たな。
久々の来訪に驚きと嬉しさが込み上げ、口元が無意識に緩んだ。煙草を灰皿に押し付ける。俺の家に窓から訪ねてくるような奴は一人しか居ない。
「ゴロー?」
振り返ればそこには出会った時と同じ、無愛想な男が突っ立っていた。
ヨレたTシャツ、裾が土で汚れたデニム、ぼろっぼろのスニーカー。今度は一体どこまで行ってきたのやら。
「おいで」
灰皿を流しに起きながら呼びかければ、男はスニーカーを脱いでベランダから部屋の中に上がり込んだ。
「飯の前に風呂だな」
随分汚れているのでとりあえずは風呂に入れないといけない。服を脱がせてやろうと歩み寄ると、男の頬が少し赤くなっていることに気がついた。口端も切れて乾いた血がついている。
「ん…どうしたこれ」
俺は答えない男の頭を両手でわしわしと撫でた。
「どっかで喧嘩でもしたのか?しょうがねえな」
荒っぽく撫でられるのが嫌いなこいつは黙って眉間に皺を寄せている。俺は笑いながら男の服を脱がせて風呂場に入れた。
「ちゃんと洗えよ」
閉じた扉の向こうから聞こえてくる水音を背に俺は再び台所に戻った。冷蔵庫を開ける。
昨日は大して買い物してねえんだよな。あり物でなんか作るか。
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