14.

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「キレイさ。キレイだから、僕は君を汚してやろうと思ったんだ。だから、森さんが失踪した後、鍵をコピーして、その鍵を君に興味を持っている男どもにくれてやったんだよ。『ガーネット』にいる可愛いナオミチくんは一万円でカラダを好きにさせてくれるってね。毎夜毎夜、男に乱暴されて、君なんか壊れてしまえばいいと心から思ったよ」 「……そうか、お前だったのか」  俺は冷静にその事実を受け入れた。森さんがやってきた夜を境に始まった、見知らぬ男たちとの月夜の情交。誰かの意思が隠されていることは薄々感じてはいた。それはマシロの嫉妬心だったのだ。 「だけど、結果は僕の負け、僕の失敗だったね」  緩く笑ってマシロは言う。 「そんな目に遭えば、君はぼろぼろになって泣きながらこの街を出て行くと思っていた。ところが驚いたことに君はその状況をあっさり受け入れた。君は合鍵のことにはすぐ気が付いただろう? マスターに事情を話して店の鍵を換えてもらえばこの状態を止められるのにそれもしなかった。何でだ? 何で受け入れているんだ」 「俺は……そういう生き方も有りだと思ったんだ」 「嘘だ」  あっさり、マシロは否定する。 「そんなこと、思っていないくせに。君に男娼なんて無理に決まっている」 「何で……そう思うんだよ。自分で仕向けておいて」  俺は少しムキになって言い返した。自分が男娼になれるとかなりたいとかなりたくないとか、そんなことは問題じゃない。ただ俺のことを見透かしたようなマシロの言い方が気に入らなかった。 「君に、行きずりの男たちにYESと言い続けられる覚悟なんてないさ。男たちになぶられている間、僕たち男娼はただのモノになる。モノはYESと言い続ける。どんなことでも受け入れ続けなければならない。そんなこと君には無理だ。いつか近い未来に限界が来る。だって、君の場合、モノになってまで金を稼ぐ必要がないだろう? 他の生き方がちゃんとある。帰れる場所がある君の、その甘さが邪魔をするんだ。そんな君が男娼としてしか生きていけない僕たちの同類になれるわけがない。……なのにさ、君は逃げ出しもせず、男娼の真似ごとをし続けるんだから……僕はますます君のことが嫌いになったよ。君なんか、最初からここに来なければ良かったんだ」 「……勝手な言い分だ」  俺は悲しくなりながらそう言った。マシロの言うことは多分、当たっている。俺に男娼は無理だ。覚悟がない。ああ、そうだ。そんなこと判っている。  じっと俺をみつめていたマシロは気が付いたようにふと、天窓を見上げた。 「……長居しすぎたな、夜が明ける」 「行くのか」 「うん。もう用は済んだから。……なあ、ナオミチ、僕は、本当は、君を殺してやろうと思ってここに来たんだ。けど、君の顔を見ていたらその気も失せたよ。相変わらず僕は君が嫌いだし、この街を出て行けばいいと本気で思ってはいるけど、でも、殺してしまうのは……もったいないな」  背を向けかけるマシロに思わず、俺は言った。 「マシロ、死ぬぞ」 「知っている」 「本当に逃げないのか? アキラは逃げろと言ったんだろ。誰を犠牲にしても生きるんじゃなかったのか?」 「……あのさ、君が男娼に向いていないのと同じように、僕にもそういう生き方は向いていないんだよ。アキラや森さんの死に胡坐をかいて生きて行けるほど僕は強くないし、君のその生ぬるい優しさに甘んじるのも気分が良くない。それになにより、疲れたんだ」  言って、マシロはにっこり笑った。初めて見る心からの笑顔だった。 「ちゃんとひとりで死ねるから、心配すんな」  何でもないことのようにそう言うと、マシロはあっさり背中を向けて出て行った。 「……本当に勝手な言い分だ」  布団に顔を埋めて、俺はしばらく動けなかった。
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