10.

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「どうして……僕が森さんの恋人だと思うんですか?」 「教えてくれた人がいるんだよ」 「教えて……? もしかして、それってアキラ?」 「アキラ? ああ、あの可愛い双子のお兄ちゃんの方だね。いや、近いがそうじゃない。弟の方だよ」  ……マシロ。  ふっと気が遠くなった。一体、どうなっているんだ。 「あんたがアキラを殺したのか? どうして!」 「今はそんな話をしている場合じゃないんだよ、坊や」  男が近寄ってきて靴先で軽く俺の頭を小突いた。 「だが、ま、仕方ないな。ついでだから教えてやる。最初は周囲の話を聞いて、そのアキラって子が恋人だと思ったんだよ。それであの双子をまとめて拉致した。軽口を叩くアキラくんには手を焼いたが、弟の、マシロくんかい? 彼は、自分たちは森とは関係ない、本当の恋人を教えるから自分と兄の命を助けてくれって言うんだよ。私はそれに応じたよ。そこで君のことを聞いた。血の付いた一万円札をいつも持っていることもね。近くの公園に金に関係のある鍵を隠しているって言うから、アキラくんには倉庫に残って貰って、マシロくんとふたりでその公園まで行ったんだ。しかし、あの鍵、金に直接関係なかったようだね。ただの店の合鍵とは。マシロくんが外に出るために使った嘘だったというわけだ」 「マシロはどうしたんだ。彼も殺したのか」 「……痛い所を突くねえ」  微かに男は笑って言った。 「あの子には残念ながら逃げられた。鍵に気を取られている隙に、あっという間にね。兎みたいにすばしっこくて追いつけなかった。やられたよ。涙ながらに兄を助けてくれ、なんて殊勝なことを言っていたから、すっかり騙された。まさか、可哀相なお兄ちゃんを見捨ててひとりで逃げるとはね。やるね、あの子」  そう言った後で、男は残酷な笑顔を見せる。 「今度、会ったら、たっぷり可愛がってやらなきゃなあ」  背筋に悪寒が走った。この男、本気でおかしい。こんな奴に何を話しても無駄なんじゃないか。俺は絶望した。こんな寒々しい倉庫の隅で俺は殺されるのか。それもまともな殺され方ではないだろう……。 「これで状況は判っただろう。さあ、話してくれ。金さえ戻れば、問題はないんだ。金のありかを教えてくれれば君のことは解放するよ。本当だ。何もしない」 「……知らない」  俺は小声でそう言った。そう言うしかない。本当に知らないのだから。 「うーん、強情だねえ」  困ったという顔で男は俺の顔を覗き込む。 「……これは聞いた話だが、君は男に買われる時、最初はわざと抵抗するんだってね? その後、従順になる君はとても可愛いんだって? それを私に仕掛けているのかな? 悪い子だ」  男はそう言うと俺の胸倉を掴んで上半身を起こさせ、そのまま力任せにシャツを破いた。 「キレイだね、君は。最初、君を見た時から思っていた。なんで君みたいな子がこんな場末のいかがわしい所にいるんだと。こんな所にいるから、こうなるんだ。この世界には醜いものしかないんだよ」 「そうでもありませんよ」  ……え?  男の背後の闇から突然、声がした。驚いたのは俺だけではない。跳ねるように男も振り返ると未知のものに対して身構えた。 「誰だ?」 「サカキと申します」  こんな状況でも優しい声だった。闇の中から、ゆっくりと姿を現したのはマスターだった。腕を後ろ手に組んで、散歩でもしているような、のんびりとした歩き方だった。  マスター……! 「ナオミチくん、大丈夫?」  マスターの声に俺はただ頷く。声はかすれて出なかった。しばらくそんな俺をみつめた後、マスターは男に向き直った。 「困ります。それはうちのアルバイトなんですよ。勝手に連れ出さないでください。……返して貰いますよ」 「困るのはこちらもだ」  冷たい声音で男は言う。しかしその声には微かな緊張があった。 「……仕事なんでね。判って貰いたいな」 「お察ししますが、あなたは勘違いしている。この子は何も知りません。月夜の情交はただの悪いお遊び。この子は男娼ではありませんし、森の恋人でもありません」 「恋人ではない?」 「はい。一杯食わされたのですよ。ここまで言えば誰が本当の恋人か、お判りでしょう」 「……あのガキ」  ぼそりと吐き棄てた言葉は、きっとマシロに対してのものだろう。こめかみをひくひくさせながら、男は怒声を発した。 「お前、しれっとした顔で私の道化ぶりを見て笑っていたのか!」 「まさか」
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