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おまけ
「え、何。好きって言ってないの?」
「うーん。言ってなくはないけど、付き合ってって言った時だけ、か?」
「あー……あーなるほどね、そういうことね」
「え、何」
翌日、基は環の茶畑で環の仕事を見ていた。仕事と言っても収穫のシーズンではないので、病気をしていないか、成長に問題はないか確認するだけだ。
基はアテのない散歩に話し相手が欲しいだけだったが、環は環で相談する相手が欲しかったらしく、基は環に恋愛相談されるという珍事に遭遇したのだった。
「わかりやすく言えば、不安なんだろ。大事なものを大事にすんの苦手じゃん、理は。環と違ってさ」
恋人として受け入れてくれた割にたまに壁を感じる、という環の言葉は、基にとっては意外の一言だ。恐らく、壁と言ってもずっと理を見続けていた環だから気付く程度の、もしかしたら理自身も自覚していない程のものだろう。
「そんな風に思ったことないけどな。小学生の時にアヤちゃんにもらったヘアピンとヘアゴムいまだに使ってるし。ばば様にもらった家っつーか店も紅茶も大事だから、接客苦手なのに頑張ってなるべく開けるようにしてるし。うるしーがいつ来てもいいように天気いい日は客布団干してるし客間の換気は毎日してるし」
「え、何。オレそんな愛されてたの?いつ突撃しても居心地いいとは思ってたけどそんなカワイイことしてんの?」
「してるしてる」
「おおう……干し芋だけじゃなくて今年からはメロンと栗も送ったろ」
「え、いいなー」
「理に送ったもんはほぼお前の腹にも入んだろが。て、そーじゃなくて、そういうトコだよ」
「どれ?」
「理の大事にするって、相手に伝わんないってこと。環が一番把握してんじゃねーの?」
ぱちくり、と瞬きされても困る。このできたてバカップルは、二人ともがお互いに自覚なく好きな時間が長過ぎた。
「口では絶対言わないだろ、スキとか大事とか。ツンデレだから。こっそり大切にしてるだけで口では突き放したこと言うし、大事にしてもらうために何かしたりしない。大事なものが壊れたり離れたりするのが一番怖いくせに、そうならないために自分で動かない。つーか、動けない?」
「あー……」
思い当たる節はあるのか、環は納得したような声を出した。傍に居過ぎて分からなくなることというのは本当にあるらしい。
であれば、基ができるのは静か過ぎる日常に一石を投じることだけだ。
「ま、オレこないだスキって言われたけどね!」
「はあ!?ナニソレ聞いてねえ!」
「いいだろー。オレら相思相愛だもんね。環に程じゃないけどわかりやすく甘えるし、男子中学生のノリでスキって言うからな、オレ。高校ん時から二人で話す時は割とデレてくれるぜ?」
「……」
「顔コワイよー。環くーん、帰ってきてー」
「……おれ言われたことない」
一瞬、何を?と思った。文脈から行けば好き、という言葉だろうが、先日恋仲になった二人だ。まさかそんなと思って責められる謂れはない。
「笑うなよ」
「イヤ、笑うだろ……!マジかー……理はホンット不器用だな。環のこと大好きなのにな」
「知ってる。雰囲気も態度も好かれてんだなってわかるくらいデレてんのに言ってくれない」
「だからさ、お前が言ってやれって。理は環みたいに自分に向いてる他人の好意を勘で把握できないんだから。思ってること言ってくれる相手の方が安心すんだろ」
「うーん」
「あ、ほら。噂をすれば。……あれ、環のオカンにつかまってんのか?」
二人から三十メートル程離れたあぜ道で、軽トラに乗った理がたまたま通りかかったらしい環の母と話している。
「理ー!」
「!?」
不意に隣で叫ばれて、基がびくりと肩を揺らす。あぜ道では理と環の母がぽかんと口を開けていた。
「大好きだぞー!」
田舎の遮るもののない畑の真ん中で環が愛を叫ぶ。理がぎょっとして、環の母はあらまあと口に手を添え、基は爆笑して腹を抱えた。
数秒の後、二言三言環の母と話した理が口元に手を添えて叫び返す。
「環ー!」
「あれ?笑ってる」
「しーねー!」
「……あーこれ三日は口利いてくれないヤツだ」
「なんで!」
三度、環の絶叫が響く。冬晴れの田舎は、今日も平和だ。
了
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