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「これで全員だね?演劇部ってもう少し人数がいると思ってたよ。」
晴は一人一人を眺めながら失礼なことを言ったので礼は
「全員集めたら25人は超えるよ。ただ、公演間近とはいえ、うちの部はみんな電車通学だから朝早くから来れる人は少ないの。」
と反論したが、晴は軽く聞き流すと、
「集まってもらってありがとう。そうだなぁ、まずは絵を見せてもらえるかな。礼から話は聞いたけど実際どんな感じが見て見たくてさ。」
と言って備品の中をふらふらとし始めた。
礼が「こっち」と言って肖像画を指さすと、晴は絵に近寄ってくまなく隅々まで観察した。
「うわぁ随分とリアルだねーなんかこの血走ってる感じとかまさに佐々木って感じ。誰が書いたの?」
言われてみれば肖像の目元は赤みが強く、白目の部分も白一色で塗られているわけではなさそうだ。そしてさっきは血の涙に驚いて見落としていたが、目のあたりにすこしだけ掠ったような跡があった。
「この場にはいないけど、弓削さんって人。美術部と兼部してるんだよ。私は絵のことはわからないけど本当に佐々木そっくりに描いてくれたから…こんなことになって申し訳ないよ。」
そう説明した篠田はまた悲しげな表情を浮かべていた。流石の晴もかける言葉が見つからないらしく、備品倉庫を一瞬の沈黙が支配した。晴は間を取るように咳払いすると、
「…そうだ。自己紹介がまだだったね。私は西園寺晴。一応名前は全員聞いたけど、改めて教えてくれないかな。ついでに今回の公演何を担当してるかも。」
と言って、全員の方を向いた。なぜ晴はやることなすこと唐突なんだろうかと礼が呆れていると、堀が
「私は堀夏希。演劇部の部長で今回は演出を担当している…これでいい?」
と名乗った。晴が「ありがとう。」と頷くと、
「大道具の担当してる篠田有希。私が声掛けて礼に手伝ってもらってた。」
と、篠田が名乗り、ほかの演劇部員達もそれに続いた。小柄で気弱そうな新入生が今回の主役のSP役の中田千穂、ショートヘアの同じく1年生が準主役で令嬢役が幸田朱里、大柄で一見スポーツ少女に見える2年生が当主役の坂本理子。他にメイクの栢山、衣装の相田がそれぞれ名乗ると、
「さっき言った通り朝が早くて役者が3人しか集まらなかったから、主役の衣装確認兼ねて3人で出来る1幕の練習をすることにしたんだ。」
と堀が改めて状況を説明した。
「なるほどね。その時絵はどこにあった?」
「場当たりも兼ねてたからセットはそのままにして…あー、つまり、セットとして背景の屋敷の壁にかけてあったよ。」
「なるほどね。で、その時は佐々木は涙を流してなかった、と。」
「ああ、完成してる分のセットを使って練習したから間違いないよ。ただ…1幕の通しの練習終わってからは絵も下ろしてみんなで制作手伝ったり片付けしてたから、その間はどうなってたか分からないな。」
「なるほどなるほど。その間みんなが何してたとか…覚えてる?」
「いや、正確には…でもみんなセット作ったりしてたぞ。あ、栢山と幸田の2人は日直だからってその時には帰ってたかな。」
晴はふーん、と呟くように行って少し考え込むと、
「ところでさ、衣装ってどうしてた?着てた?」
と唐突に相田に問いかけた。相田は唐突な質問にやや困惑しつつ、
「いや、衣装は着てないよ。今日持ってきてもらったのはあくまで昼のリハと本番のため。朝は私がチェックしただけね。」
と答えると、晴はそれぞれの衣装を見せるように頼んだ。相田は頷くと、中田の着るスーツと幸田のワンピースがかかったハンガーラックを見せた。中田のスーツは自前らしく、持ってきた時のハンガーとカバーがかかったままになっていた。坂本の衣装は手作りらしく、あまり動かしたくないとのことでよく見ることは出来なかった。
衣装を見終わると暫く晴は暫くぶつぶつと何か言いながら演劇部員達を観察していた。そして不意に、「そっか、雨が降ってたんだ、なら…」と呟くと、
堀に「利き手はどっち?左?右?」と問い詰め始めた。
「右だけど、何?」
と訝しむ堀を一瞥だけすると、今度は相田や坂本にも同じことを聞いた。二人共不振がっている。まぁ無理はないよね。最後に、中田の手のひら辺りのうっすら濡れた跡に一瞬目を止めて「あなたは?利き手はどっち?」と尋ねた。微かに濡れたあとがあるがそんなことが気になったんだろうか。
「み、右です…」
変人の上級生に唐突に利き手を聞かれて怯える1年生をよそに、晴はにこりと笑ってから時計を見て、
「そっか。ありがとう。とりあえずもうチャイムもなるし、少し考える時間が欲しいから、この話の続きは公演が終わったあとにしないかい?」
と提案した。演劇部員達はやや失望の色を浮かべていたが、やがて頷いた。それを見ると晴は、
「頑張って今日の公演を成功させてね。私も見に行くよ。」
と言って準備室を出ていってしまった。礼も自分も見に行くと伝えるとその背を追った。
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