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「おはよう」 結花が歩いていると、美月が合流し、しばらくして芽衣子が合流した。 毎朝、1年生のころから三人は一緒に登下校が日課になっている。 「ねえ、見て!」 前方を見るように芽衣子がいう。 「何?」 美月が周りを見渡した。前に男の子と女の子が並ぶか並ばないか、微妙に近い距離で歩いている。 「あのコ、谷山れなちゃんだよ、4組だっけ、3組の井山くんと付き合ってるんだよ」 芽衣子がこそっと結花と美月に教えた。 「最近さ、付き合ってるっていうコ、増えてない?」 美月は長い髪をいじる。美月はストレートのロングヘアでサラサラしてとてもきれいだ。 いつも冷静沈着で美人な美月にはクールビューティーって言葉がぴったりだと結花は思っていた。 「そうだね……誰が告ったとか、告られたって噂で聞くよね」 芽衣子が言う。 「え?」 結花はどきっとしてあわてる。 「だめだな……結花は。乗り遅れちゃうぞ」 芽衣子は笑う。 「ほんとよ。知っておかないと、あとで好きな人、取ったでしょとか言われたりして……めんどくさくなるわよ」 美月が結花を脅す。 「えええ……、そんなあ」 結花は顔をしかめた。 芽衣子がそんな様子を見てけらけらと笑う。 「でもさ、好きって告ったあとさ、どうするんだろうね」 芽衣子が言う。 「確かに……だって付き合うってなにするの?」 美月がつぶやく。 「そうだよね……告られてもね、なにするんだろう」 結花たち3人は、れなちゃんと井山君が仲良さそうな空気をながめた。 「ラブラブってあんな感じ? リア充ってああいう人たちのことだよね」 芽衣子が疑問をぶつける。 「うん、きっとそうなんじゃない?」 美月は髪の毛を耳にかけた。 「そうなんだ……付き合うってあんな感じなんだ」 結花は前を歩くカップルをじっと見つめた。 朝だというのに、6年1組は相変わらずにぎやかだ。 担任の大野先生はまだ来ていない。 女子はいくつかのグループで固まって絶賛おしゃべり中だ。 結花と美月と芽衣子は6年生で初めて同じクラスになったが、クラスでも3人はよく集まっておしゃべりを楽しんでいた。 男子は机の上で消しゴムを使って、消しピンをしていた。 消しピンというのは、消しゴムを使って相手の消しゴムと闘うことだ。勢いよくはじきすぎて机から出てしまうとアウト。そのために消しゴムのケースにセロハンテープを巻いたり、ボンドで滑り止めを作成したりと工夫を凝らして戦っている。 男子たちは消しピン対抗戦を始めたらしく、時折大きな声で歓声をあげていた。 結花の席は廊下側にあった。美月と芽衣子は結花の斜め横だったり、後ろだったりして、席も近かった。 男子の中で消しピン王者が決まったようだ。 ウワーっと声が上がる。 「おーい、消しピンは終わりだ。席につけ~」 教室の前のドアがガラガラっと音を立てる。 「おはようございます」 教卓の前で大きなあいさつをしたのは、担任の大野先生だ。男子も女子もお互いにあいさつできるクラスにしようと目標を掲げている。 大野先生は若い男の先生で、生徒と遊んでくれたり、計算ミスしていたらおまけで点数を半分くれたりするので、生徒からも好かれている。 大野先生が言うには、6年生になるとクラスが男子と女子に分かれてしまうことがあるらしい。それはクラス運営としては寂しいそうだ。 たしかに5年生のころにはもう、男子は女子を無視したり、女子は男子とほとんどしゃべらなくなっていたなと結花は思う。 祐一をのぞいては……祐一だけは結花に話しかけてくれたな。 結花は昨日の祐一を思い出した。そして先生の言うことも一理あると思った。 「先生は、悲しいとおもう。世の中には男性と女性しかいないのだから。これから大人になっていくのだから、お互いあいさつくらいはしてほしい」 大野先生は4月の最初にクラス全員にお説教したのだった。 6年生のクラスは4クラスある。 4クラスとも1年間の目標が「みんなに声をかける」とか、「全員にあいさつをする」とかなので、6年生の担任の先生たちで学年の目標としているのかもしれなかった。 ** 美月は初めて大野先生の姿を見たとき、ドキンとしたのを覚えていた。 初めて大野先生に会ったのは4年生の時だった。 大野先生が赴任してきた、その就任式の時だ。 大野先生が体育館の壇上に現れた時、時が止まったのかのように思えたのだ。 美月はいつもとは違う何かを感じた。 美月自身、どうしてそんなに大野先生を見つめてしまうのかわからなかった。先生が昼休み運動場にいると、先生ばかりが目に入ってしまう。先生が歩いていると、先生だけを切り取ったように見えてしまうのだ。 美月は冷静に考えた。 今まで好きな人がいなかったわけではない。幼稚園の時だって、小学生になってからだって、誰くんが好きとか、かっこいいとか思ったことがあった。 でも大野先生はそれとは別な感覚だった。 今までの好きっていう気持ちよりも、もっと強いなにか……。何かはわからないんだけど、気になってしまう感覚が先に立ち、どこまでも気になってしまう。先生が誰と話し、何をしているのか。 先生が誰をみているのか。それからこの感情はいったい何のか。 美月は自分が自分でない感覚が不安定で嫌だった。 何とかしなくちゃと思った。 相手が気になって気になって仕方がない。それは……おそらく恋。まさか。まさかわたしが恋してる? そうなの? 美月は少女漫画や小説を読めば確信できるかもしれないと思った。美月は家にある漫画や小説を読み漁って研究した。もともとそんなに興味もなかったため、数が足りなかった。 美月は図書館に行った。しかし、小学生が恋する話は少なかった。 しかたがない。最後の手段だ。 美月は親友の結花や芽衣子からたくさん漫画や本、雑誌も借りた。結花と芽衣子は美月が興味を持ってくれたのがうれしくていっぱい貸してくれた。 その結果、美月は一つの結論を導き出した。 恋。 これは初恋なのかもしれない。 美月はそう確信した。 「大野先生がどうしても気になる」という感覚は、つまり゛恋”というものは、自分の努力では消せないものらしい。今まで読んだ漫画や小説では恋の抹殺をはかっている主人公がいたが、失敗していた。 美月はあきらめた。 恋という字は変という字に似ている。恋している変な自分を美月は認めるしかなかった。 それから2年。誰にもこの恋を打ち明けたことはなかった。 恋の相手が先生だから。そしてみんなの好きとは違うとわかったから……結花や芽衣子には言えなかった。 6年生になって、幸運にも美月の担任の先生は大野先生になった。それに仲良しの結花と芽衣子も一緒のクラスだった。 きっといい一年になる。 美月もそんな予感がした。 美月は始業式の後うれしくて仕方がなかった。 毎日がきっと奇跡だ。 ずっと大野先生と一緒にいられる。ずっと見ていられる。 美月はうれしかった。 そして4月になってすぐにわかったのは、大野先生は熱い性格で、優しいということ。それから……先生の性格を知っても、やっぱりわたしは大野先生が好きっていうことを自覚した。 わたしは大野先生の熱いとこも大好きなんだけど、一部の生徒はうざいって言っているのも知っている。その気持ちもちょっとわかるけどね。でも基本的にいい人なんだよと声を大にしていいたかった。言わないけど……。 毎日大野先生と学校で会える。それだけでよかった。 美月は大野先生をみると体温が上がったかのように感じ、好きって気持ちがあふれるようになっていた。 でも結花と芽衣子には言えなかった。 わたし、先生のことが好き……なの……。今までの好きっていうやつじゃなくて、本当に好きなの。 もし結花と芽衣子に打ち明けたらなんていうだろうか……。わかってくれるだろうか。 「がんばって! 」って応援してくれる? それとも「えええ! おかしいよ」っていう? もし結花と芽衣子に嫌われたら……先生が好きってばれたら……そう思うと、美月は怖かった。 ** 芽衣子には兄がいる。 兄はよくテレビゲームやオンラインゲームが好きで、よく芽衣子と一緒に遊んだ。そのせいもあって、芽衣子は6年生になった今もゲームが、特にオンラインゲームが好きだった。 いつもならクラスの男子とは口も利かないが、ゲームの話なら別だ。 今流行っているオンラインゲームの話がクラスのどこかで聞こえてきたら、芽衣子はそっと近づき、仲間にいれてもらう。 そっと近づくのは、周りの女子に気が付かれないようにという意味だ。 この頃の女子はなんかおかしい。 男のアイドルにキャーキャー言っていたかと思うと、この学年ではだれがかっこいいとか、誰くんが好きで……話しかけられないとか言っている。 「なんでそんなことで悩むの? いいじゃん、べつに。普通に話しかければ……。どうしてできないの? 」とうっかり言ったら、クラスの女子たちに怒られたことがあるので、思ったことを口に出すのは危険だと芽衣子は学んだ。 そんな女子の群れにゲームの話とは言え、男子と話しているところを見られたら、何を言われるかわからない。恐ろしすぎる……というわけだ。 芽衣子がオンラインゲーム好きというのは男子の中でも周知の事実で、そしてなかなかの腕前ということもあり、芽衣子を普通に話しに入れてくれていた。 ま、でもゲームの話題のみだ。 この頃は男子もおかしくて、エロ本の話題や下ネタを話していることもある。誰がかわいいとか、好きだとかそんな話もしているようだ。うっかりそんな話題になったときは、居場所がないので、芽衣子はそっと離脱することにしていた。 男子たちは芽衣子がいなくなったらいなや、芽衣子の抜けた穴をつぶすようにさらに近づいて集まり、こそこそ話をする。 「ちっ!」 芽衣子は面白くないが、仕方がない。 男子のゲームの輪からはずれ、一人でいてもつまらないので、芽衣子は美月や結花のところに戻る。 「おかえり!」 美月と結花はいつもあたたかく芽衣子を迎えた。 「ただいま」 「ゲームの話できた?」 「うん、まあね。でもなんだかこみいった話があるようでさ。邪魔みたいだったから」 芽衣子はつまらなそうにいう。 「しょうがないよ。なんかあったのかもよ」 美月が言う。 「うんうん。ゲームの話より緊急な何かがあったのよ、きっと」 結花が慰めた。 「そうかな」(あいつら、ぜったい下ネタだ) 芽衣子はため息をついた。 芽衣子はオンラインゲームについてもう少し語りたかったし聞きたいこともあった。 というのも、最近芽衣子はフレンド申請されて、知らない人と友たちになったからだ。友達申請くらいならいいかと思って、オーケーしたんだけれど……。いつもはたいして気にもしないんだけど、今回は違った。 オンラインゲームは、インターネットを通じていろいろな人と一緒にゲームができる。知らない人と一緒にゲームをするから危険だと言われているけれど、そこはみんな常識的に距離をおいて、友だち申請しても、リアルでは接点がないのが普通だ。リアルからフレンド申請の場合は別だけど。つまりゲームのフレンドはリアルでは知らない人だけど、ゲームの時だけの友達ということで、深く付き合うことはないとお互い割り切っているものだ。 ところが、最近フレンドの一人からDMがくるようになった。DMとはダイレクトメッセージだ。たまにおかしな変態みたいな人から来ることがあったけど……それは明らかに変だから無視してごみ箱へ入れてよい。 でも気になっているDMは、普通の人っぽい感じがしたからだ。 こういう場合って返事したほうがいいのかな……って男子に相談したかったんだけど。 芽衣子はどうしようかと考えていた。 放課後、芽衣子は母親に怒られることのないように一応宿題を終えてからゲームを立ち上げた。 「こんにちは いつもゲームで見かけてうまいなとおもったからメッセしました。よかったらお返事ください ファントム」 DMにそう書いてあった。 これになんて返事をしたらいいのか。 別に返事をしたくらいで何かが起こるわけ……ないよね 芽衣子は一抹の不安を覚えたが、首を横に振った。 芽衣子は30分ほど消したり書いたりしていたが、やがてもうこれでいいと思い、送信した。 「ファントムさん、こんにちは。メッセありがとうございます」 --この、何の変哲もない返事で嫌なら、もう返事も来ないだろう。もう知らないや。放っておこう。 芽衣子はゲームを開始した。 ** 結花たちは、大野先生に言われて、ホームルームの時間に委員会を決めることになった。任期は半年。6年生が学校を運営するということで、委員会は6年生が中心になって活動することになっている。 人気は代表委員会と給食委員会だ。代表委員は目立つし、授業を抜け出してうちあわせすることもあるし、給食委員会は給食のはじめと終わりに滞りなく給食が各クラスにいきわたるよう管理するだけだから楽なのだ。 反対に人気がないのは図書委員会だ。図書委員会は放課後と昼休みに図書室で仕事がある。放課後や昼休みに運動場で遊んだり、おしゃべりするのが好きな人にとってみれば、苦痛になるだろう。 結花は本を読むことが好きなので、もし図書委員を誰もやりたがらないなら自分が手を上げようと決めていた。 「誰かやりたい人、いませんか」 大野先生が呼びかけるが、案の定、誰もやりたがらない。 結花はそろそろと手を上げた。全員一致で結花が図書委員ということで決まった。 最初の委員会は木曜の6時間目だった。 結花が廊下を歩いていると、あちこちのクラスから委員会出席者が歩いていた。 結花は図書室へ歩いていくと、後ろから声をかけられた。 「よ!結花」 「あ……」 後ろを振り向くと祐一がいた。 「祐一は何の委員会になったの?」 「う……ん、図書委員。結花は図書委員だっけ? よろしく」 祐一はすました顔で言う。 「図書、一緒だね」 結花はにっこりと笑った。 祐一の顔が少し赤くなったように見えたのは気のせいだろうか。 結花は祐一も一緒でよかったと思った。告白されたことを除けば、祐一とはよく話をする。知らない人ばかりだと緊張してしまう結花にしてみれば、祐一がいれば気が楽だ。図書当番はおそらく隣のクラスということあって祐一と一緒の当番になるだろう。知らない男の子と組むよりずっといい。 図書委員会が始まった。3組と4組の図書委員は男子だった。どうやらじゃんけんで負けて仕方なく図書委員になったようで、やる気がなさそうに机の上でぐったりとしていた。 結花がちらっと祐一を見た。祐一も結花のほうを見ていたので、結花はドキッとした。 結花の予想通り、祐一と結花は一緒の図書当番になった。少なくとも祐一はさぼったりしないし、結花のことをからかったり意地悪する嫌な奴ではないので、結花はほっとした。 結花は図書委員でなくても、大体毎週1回は図書室に行き、新刊を借りるのを楽しみにしていた。そのため、図書室の先生も結花のことをよく知っていたし、図書委員になったのを喜んでくれていた。結花は時間があるとき、たまに図書の先生を手伝って本の並べ替えをしていたのだ。 祐一も5年生くらいから時々図書室を訪れる一人だった。静かにテーブルで本を読んでいることが多かったが、結花をみつけると結花のほうに来て、本の並べ替えを手伝ってくれた。 「図書当番、お願いね」 委員会が終わって解散するときに、図書の先生は結花と祐一に声をかけた。 「はい」 結花と祐一は返事をした。 5年生くらいから男子と女子は別れて遊んでいたが、大野先生が仲良くするのを推奨したため、それにかこつけて男子も女子と話すようになり、女子も拒絶することをすこしずつやめるようになっていた。 以前のように男女いっしょに昼休みや放課後、ドッチボールをしたり、ドロケイをしたりするようになった。 大野先生はすごいなと美月は思う。 先生が男子と女子が仲良くするように言わなかったら、今も別れて休み時間を過ごしてギスギスしていたかもしれない。 男子も女子も言いたいことが自由に言えるような雰囲気にクラスがまとまってきていた。 「修学旅行がたのしみだね!」 もしクラスがうまくいっていなかったら、つまらなかっただろう。 実は修学旅行では、男子と女子が一緒の班になって班行動があるからだ。 先生も修学旅行もあるから男女仲良しを推奨したのかもしれないなと美月は思った。 「今日は図書室にいきたいな。美月と芽衣子はどうする?」 「わたしも行きたかったんだ。付き合うよ」と美月がいうと、芽衣子も「あたしも暇だからいく」と言った。 美月は特別本が好きってわけではない。だからといって図書室に行くのが嫌いなわけでもなかった。目的は別にあった。 図書室に行く途中職員室の前を横切る。 美月は昼休みに職員室の前を横切るのを日課にしていた。 大野先生、いるかな……なにしているかな…… 美月は毎日昼休みちらっと職員室をのぞくのが楽しみにしていた。 廊下では男子と女子が楽し気に話していた。 何を話しているかは分からないが、授業中に意見をだしあうような男子と女子の雰囲気ではなかった。 なんとなくお互いを意識した……甘い……そんな空気感がある。 もしかしてこの二人……? 美月はふと思った。 付き合っているのかもしれないなと思う。 それとも、付き合う前の……両思いって感じなのかな。いいな。 美月は少し寂しくなった。 「ねえねえ、あの子たちも付き合ってるのかな? れなちゃんたちみたいに……」 芽衣子がのんきに聞いてきた。 「……そうだね。きっとそうなんだよ」 美月が投げやりに答える。 「えええ、興味ないの?美月は」 芽衣子は文句言いたげだ。 「ほら、よくいうじゃない? ヒトの恋路を邪魔する奴は……」 結花がいうと、 「馬に蹴られてってやつね」 美月が追い打ちをかける。 「結花だって、美月だって気になるでしょ。そんなこといっても」 芽衣子は不満げだ。 「まあね」 美月が正直にうちあげると、結花も「そうだけどさ」と答えた。 「最近、廊下で男子と女子がしゃべっているの、みるよね」 芽衣子がボソッとつぶやく。 結花は祐一のことを思い出し、美月は大野先生に会えるか気がかりで、二人は同時に「はあ」とためいきをついた。 職員室の前にさしかかる。 --職員室の廊下側の窓が開いていますように 美月は願ったが、今日は残念ながら開いていなかった。もし窓が開いていると、不自然な形ではなく、数秒の間職員室の中をのぞくことができるはずだった。 暑くなってきているからエアコンが入っているからかもしれない…… 。 美月はちょっぴり残念に思いながら、5時限目の授業でどうせ会えるからいいかと思った。
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