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結花は5年生からもやもやしたものを抱えていた。 勉強ではない。どちらかといえば、勉強は得意なほうだ。こつこつとちょっとずつやればいいのだから。 問題は心の方だ。 まったくどうしたらいいのか、わからないのだった。 結花は毎日のように、5年生の夏にされた告白の状況と、6年生の4月に告白された状況を反芻していた。 わたしってモテるとニヤニヤしながら回顧していたわけではない。祐一と仲良くしたい。これからもずっと……。これは変わらない思いだ。 でも、祐一に告白されてから、結花の中にある仲良くしたいという気持ちが変わってきたような気が自分でもしているのだ。 友達として仲良くしたいのか。もちろんそれもある。でも……。なんだか違う気持ちも自分の中で見え隠れしているのが気持ち悪かった。 5年生の時は祐一と一緒のクラスだった。 結花と席が近くなることもあったし、遠足でも同じ班だったりしたけれど。まさか告られるとは思っていなかったので、最初すごくびっくりした。 「あのさ、ちょっと放課後、残って?」 祐一が真面目な顔で言う。 「うん……」 結花は何のことかわからずとりあえず返事をした。 祐一の様子がおかしいから、てっきり具合が悪いのかと思い、「大丈夫? 」声をかけた。結花は祐一の顔色を見ようとしていた。まっすぐな結花の視線に耐えきれなかった祐一は顔を伏せている。 「具合、悪いの?」 結花はもう一度祐一に聞く。 「あー、いや……体は大丈夫だから」 祐一は顔をそらした。 結花は心配そうに祐一の様子をうかがった。 何か祐一にわたし悪いことしたっけ…… 結花は不安に襲われた。 祐一は周りを見渡し、廊下に飛び出した。 結花はなぜ祐一が行ってしまったのかわからなくて呆然とした。男子の数人が結花のほうをみていた。 結花は変なの……と思いながら、奇妙な感覚なまま放課後を迎えた。 放課後になった。 結花がゆっくり帰り支度をして、なるべく自然なかたちで教室に残れるようにした。ちらりと祐一を見ると、祐一もゆっくりと帰り支度をしている。 いつも一緒に帰る美月と芽衣子には放課後ちょっと残るから先に帰っていいよと伝えておいた。 結花はどきどきした。 いったい何があるのか。なにか言われるんだろうか。 教室には2人しかいなかった。ランドセルに教科書を入れる音だけが響いた。 祐一が結花のところに近づく。 「あのさ、俺……好きだ」 一瞬祐一と結花は目が合う。久しぶりに祐一の顔を見たと結花は思った。 「好きだ。好きだ。好きだ。」 祐一はそういうとランドセルを背負って駆け出した。 結花は何が起きたのか全く分からなかった。祐一の好きという気持ちはわかった。祐一がわたしを好きだというのなら、わたしはどうしたらいいのだろう。わたしは祐一の気持ちに何か応えたいと思ったけれど、どうしたらいいのかわからずに5年生を過ごした。 結花は祐一を見かけると、何か言おうと思うのだけれど何を言ったらいいのかわからない衝動に襲われていた。6年生になって、2回目の告白されたいまでもそういう衝動がある。 好きって言われたとき、祐一に言えばよかったのか。 いったい何を言えばよかったのか。 今、何を言えばいいのか。どうしたらわたしの気持ちがわかるのか。わたしの気持ちをどうやってつたえるのか。そもそもわたしの好きは祐一の好きと同じなのだろうか。同じなら両思いってことなんだろう。でもほんとうにおなじすきなんだろうか。 結花は毎日考えていたが、わからなかった。 だからいつもここで結花は5年生の時の回想をやめることにしていた。 6年生になり、クラスが別になって祐一のことを見かけることはだいぶ減ってしまったのに、なぜかたくさんいる男子の中で祐一の姿を結花は探すようになっていた。 結花は自分自身の気持ちがわからなかった。好きと言われて好きになったのか。それとも前から好きだったのか。 いまは好きなのか……好きでないのか……。友達として好きなのか。友達としてではないのか。祐一の好きと同じ種類の好きなんだろうか。好きだといいたくなるような熱量がわたしの好きにあるのだろうか。 わたしの気持ちはどんな好きなのか。名前をつけるならなんて名前なんだろう。友だちの好きでないなら、恋なのか。 恋……。初恋ってこと? 結花がいくら考えても分からなかった。算数のように正解があるのではない。 体育館でみんなが集まるとき、祐一のいるクラスが体育をしているとき、昼休みの間外で遊んでいるとき、祐一を探し出し、目で追ってしまう自分がいた。 やっぱりこれが恋の好きってことなの…かな。 結花も美月や芽衣子に相談できずにいた。 6年生の4月。 祐一が2回目の告白をしてくれた。 突然のことでびっくりしたけど、うれしかった。わたしも何か言おうと思っていたのに、やっぱり言えなかった。 だって……どうしたらいいのか、やっぱりわからなかったから。 ああいう場合、なんて言えばいいの。 何か祐一に言いたかったけれど、言葉にできなかった。 あなたに恋の好きを感じてるかもしれませんというべきなのか。いっそのこと、わたしも好きですというべきなのか。 結局、現実では何も言えなかった。 でも……わたしもきちんと自分の気持ちを直接言わないといけないような気がしていた。 いつか、言わなくてはいけない……のだろう。そのいつかはいつなのか。 結花の心はモヤモヤしていた。 結花は図書委員になった。そこには祐一もいた。 結花は身体がざわめいた。ふわっと明るい気持ちになった。祐一を見つけて、うれしくなった。 「俺も図書委員だから。よろしく」 祐一が隣に来て結花に告げた時、結花はうれしくなった。 祐一はどうなんだろう。 結花は祐一の顔を見る。なんとなく顔が赤いように見える。 結花は思わず笑った。 「なんだよ、笑うなよ……」 祐一は結花の腕をさわった。 「だって、嬉しいんだもん」 結花はつぶやいた。 祐一に聞こえただろうか。 結花は恥ずかしくなった。 これから毎週委員会で会える。それに隣のクラスだから図書当番も一緒だ。 結花は委員会が楽しみになった。 ** 美月が大野先生への気持ちを自覚した5年生のころだった。 仲良しの結花にも芽衣子にも自分の気持ちを打ち明けずにいた。なんだか自分だけ変わってしまったような気がして言えなかった。 担任でもないので、大野先生をそっといつも探しているってことは誰にもばれたくなかった。 美月は用事もないのに職員室のほうに行ってみて、大野先生の姿を探したり、校内で大野先生がいそうな場所を探してみたりしていた。 ストーカーっていわれそう。 美月は自分のことが怖くなった。 --人に迷惑をかけないように、大野先生に迷惑をかけないように、そっと好きでいよう。好きになるのは自由なはずだ。 美月は誓った。 6年になって美月は結花と芽衣子と一緒のクラスになったが、5年の時はクラスが違っていた。いまもそうだけれど、毎日廊下で待ち合わせして、結花と芽衣子と一緒に帰るのが日課だった。 その日も3人一緒に帰ろうと美月は思っていたが、結花は放課後用事ができたから先に帰ってと頼まれた。 図書室の先生に本の整理でも頼まれたのかなと美月は思い、「わかった」と結花に伝えた。 芽衣子のクラスは帰りが時々遅くなるクラスだった。男子がふざけすぎるのよと美月はこっそり思っていた。 美月は芽衣子と二人で帰ろうかと思い、芽衣子のクラスの前に行った。芽衣子のクラスの担任の植村先生を男子が怒らせたようで、お説教されている最中だった。 美月のクラスは早めに終わってしまったので、自分の教室にいてもすることがない。仕方なく廊下に出た。 廊下に出て芽衣子を待っていたら、植村先生はさらに大きな声で怒りはじめた。 長くなりそう……美月は予想した。 帰りの会なのに、しゃべっていたか、席に着かずにふざけていた人でもいたんだろう。 「5年生は高学年なんですよ、いいですか。来年は6年生、最高学年なんですよ」 植村先生以外の先生もよく使うフレーズが美月の耳に飛び込んできた。 ああ、つまらないな……早く終わんないかな。 美月が廊下を行ったり来たりしていると、結花のクラスまで来てしまった。 結花の教室は静かだったが、結花と祐一だけが残っていた。 あれ、結花……用事があるって言ってなかったっけ。どうして教室にいるの?  結花と祐一の間にある、緊張した空気が美月にも伝わってきた。 美月は目が離せなくて、廊下のまどから凝視した。 祐一が決心したように立ち上がり、結花の近くへ歩き出す。 ああ、告るんだ。たぶん…… 美月はピンときた。 祐一の顔は真っ赤だった。 祐一の呼吸が聞こえてきそうだった。一生懸命自分の気持ちを結花に言葉で伝えようとしていた。 どんなふうに祐一は告るのだろうか。 結花は驚いている様子だ。 「好きだ」 祐一の絞るような声がした。 ドア越しでも祐一の声が聞こえた。 祐一の魂の声……って感じだった。 その一言しか聞こえなかったけれど、衝撃だった。 美月の心がキュンとなる。 結花はどうするの??? 祐一は結花の返事を聞かず、ランドセルを背負うと廊下に飛び出した。 祐一が扉をあけたとき、美月の姿を見つけた。 ヤバい……おそらく、美月も祐一も同じ思いだった。 祐一は顔をゆがめると、美月と目も合わさず、猛ダッシュでいなくなった。 結花はまだ呆然としていた。 美月もまた結花と同じように呆然とした。 本気で人を好きになっている人の熱量に初めてあてられ、あれが好きっていう気持ちなんだと美月に見せつけられたような気がした。 美月が結花のクラスの廊下のドアの前に座り込んでいると、芽衣子がやってきた。 「美月、こんなとこにいたんだ……」 「うん」 美月は上の空だ。 「さがしちゃったよ。美月のこと」 芽衣子が笑いながら続けた。 「先生怒っててさ……ごめんね、遅くなって」 「うん……大丈夫」 美月がぼんやりと返事をする。 「あれ! 結花じゃん。終わったのかな、用事」 芽衣子は結花のクラスに一人ぽつんと立っている結花を見つけ、思いっきりガラガラとドアを開けた。 「結花! 終わった? うちのクラスも今終わったの。一緒に帰ろう!! 」と誘った。 「……うん」 結花もぼんやりと返事をする。 「もう、二人とも、しっかりしてよ。さっさと帰ろう」 芽衣子は結花と美月の手を引っ張った。 --なんで2人とも、ぼんやりしてるの。しっかりしてよ。早く帰ってわたしオンラインゲームしないと!みんな集まって、ゲーム始まっちゃうじゃない。 芽衣子は気が抜けている二人に「早く、早く~」と声をかけた。
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