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「美月ってさ」
芽衣子は美月の様子が変なのを、気がついているんだろうか。
結花は聞いてみたくなって芽衣子に話しかけた。
「うん? なに? なんのこと? 」
芽衣子は違うことを考えていたらしく、聞きなおす。
「いや、だからさ。美月よ。美月ってだれか好きなのかな……」
「うーん、どうだろう……考えたことなかったけど」
「ねえねえ、美月の好きな人、芽衣子は知ってるの?」
結花はわざとキラキラと大きく目を輝かせ、子犬のような目をした。
「その目、やだあ」
芽衣子にうざがられても、結花はやめない。
「うーん、聞いたことないけど……」
「やっぱり……」
「結花は知ってるの?美月の好きな人」
「ううん、はっきりとは……でも」
「でも?」
芽衣子が筆入れに入っている小さな鉛筆研ぎで鉛筆を研いでいたが、やめて結花に向き合った。
--小学6年生はまだ鉛筆しか使えないんだよね。早くシャーペン使いたいんだけどな。可愛いし、大人っぽい。
結花は芽衣子の筆入れを見た。
毎日研ぐのを忘れる芽衣子は教室にある鉛筆研ぎを使うことが多い。
「芽衣子はさ、知ってるかなって思って……」
結花は芽衣子の筆入れの中から研いでない鉛筆をみつけた。
「美月ねえ……最近そういえば休み時間、席に戻ってくるのが遅いよね。おしゃべりしようかなって思って探すといないんだよね。結花は廊下か席にいるけどさ。」
「そう、そうなの。でね、なんかさ、もしかしていじめられてるとか、トラブルかなって心配していたんだけど……もしかして好きな人がいるんじゃないかって思って」
「うーん、美月が何してるのか、わかんないなあ。結花は知ってるの? 」
「うん、やっぱり? わたしもわかんないけど、勘なんだけね、美月は好きな人いるみたいなんだよね」
結花は少しうつむいた。
「もしそうなら、美月はどうして私たちにいってくれないんだろう」
結花が芽衣子に問いかけた。
「ええ、そんなの知らないよ。言ってくれてもいいとおもうけど……言いたくないんだったらしかたないじゃない? 」
芽衣子はオンラインゲームという単語が男子のグループから聞こえてきたので、気もそぞろになっている。
「あああ、ちょっと待って! 芽衣子ってば。じゃさ、芽衣子は好きな人、いる?」
「えええ?」
芽衣子は黙る。
瞬間に脳裏に浮かんだのはファントムだ。
ファントムのこと、わたしは好きって言えるのかな……。好きと言えば好きだけど。
芽衣子は考える。
「芽衣子?」
芽衣子は頭を横に振る。
「いないよ、好きな人なんて」
「そうなの?」
さっきの沈黙で芽衣子も怪しいと結花は思ったが、芽衣子が怒ったような口調で反論するので、これ以上は聞かないことにした。
深追い厳禁。それも付き合いが長いからわかる仲良くする秘訣だ。
「好きな人……ねえ」
芽衣子はそうつぶやくと、男子の方へ歩いて行った。
芽衣子から話を聞きだすのに失敗した結花は、仕方なく一人で考え始めた。
わたしが知らないだけで、美月も芽衣子も好きな人がいるんじゃないか……もしかして、もう告白したり、告白されたりして付き合ったり、していたりして。まさかね。でも……。
結花の頭の中はぐるぐるめぐる。
美月の好きな人と芽衣子の好きな人ってだれ?どうしたらわかるの?
わたしに好きだって言ってくれる人だっているんだから、美月や芽衣子に告る人がいたっておかしくない。誰なんだろう。気になる……。
結花はその日全く授業の内容が頭に入ってこなかった。
美月を見ていると、見れば見るほどやっぱり大野先生が好きなんじゃないかと思える。
大野先生は25歳で大人だけど、生徒と仲がいいし、見ようによってはかっこいいのかもしれない。背も高いし、やさしい。
女子からの人気もあるのは確かだ。
でも、美月の好きはそういうのではないような、もっと真剣な感じの好きって気持ちなのかもしれない。
ところで、先生と恋愛って両思いになるの?
わたしたち小学生だよ……。
美月は頭もいいし、美少女って感じだからモテているらしいけど。男子の中に美月が好きって子も数人いるとは聞いてる。
美月がその男子のことを好きになれば、両思いになれるのに……やっぱり先生じゃないとだめなんだろうか。
美月はやっぱり大野先生に振られてしまうんだろうか。
結花は悲しくなった。
そんなつらい恋ならやめてしまえと言いたかった。
わたしにも、芽衣子にも言えない恋なんて……美月はいい子なんだから幸せになってほしいのに。
結花は「はあ」とため息をついた。
**
「結花、美月の好きな人のこと気にしていたな」
芽衣子は家に帰って思い出した。
もう芽衣子がファントムのことを気にし始めているのも、もしかして勘のいい結花なら気がついているのかもしれなかった。
気が付いていたとしても、誰だかまでは結花でもわからないだろうな。
芽衣子は頭を横に振った。
ファントムのことね……確かに好きっていわれたら好きだけど。そういう好きなのかな。まだわからないな。だってオンラインゲームのDMのやり取りしかしてないんだよ。それで、好きになっちゃったなんて言えないよ。
芽衣子は後ろめたさを感じた。
このところファントムと二人でメッセージのやり取りを十分楽しんでからゲームを始めるのが日課になってきている。
ファントムのメッセージがないと不安になるくらいだ。
結花が心配していたので、美月の行動を芽衣子も思い出してみた。
確かに休み時間いないことが多い。授業中もぼんやりと先生を眺めている。もちろん頭がいい美月のことだからテストの点数が悪いってこともないし、ノートもしっかりとっている。うっとりとかすかに笑みを浮かべながら美月は授業を聞いているようにも見えた。
まさかね。美月も、誰か好きなのかな。
芽衣子もだんだん気になってきた。
一度気になると、宿題が手につかない。もう、結花のせいだ……。
芽衣子はつぶやいた。
芽衣子の宿題ができない理由は、美月の好きな人問題のほかにもあった。6年生の算数がだんだんむずかしくなってきていたこと、毎日オンラインゲームにうつつを抜かしているということだ。
芽衣子はもう少し勉強しないといけないとわかっていても、宿題もテスト勉強もどうすればいいのかわからないのだ。
だから芽衣子は、宿題も途中でやめてオンラインゲームをログインすることが多かった。
それにファントムからメッセージが来ているかもしれないと思うと、机の前に座っても立っても居られないのだ。
ファントムがもうログインして待っているかもしれない。芽衣子の心はゲームのほうに飛んで行ってしまう。
あとは宿題のわからないところは美月か結花に聞けばいいや。2人は優秀だから……。
今日の宿題も半分解いただけで、芽衣子は終わりにした。
早くしないと……早く……もうファントムいるかもしれない。
芽衣子の心が騒ぐ。
ログインすると、ファントムからもうメッセージが届いていた。
「こんにちは。今日は学校どうだった?」ファントムは毎日美月に学校の話を聞く。
「うん、まあまあかな」
芽衣子は答えた。
「勉強大丈夫?親に怒られない程度にはやらないとだめだよ」
「えええww大丈夫だよ」
美月はちらっと宿題の方に目をやって、またゲーム画面に戻す。
「勉強、わからなかったら教えてあげるのにな。僕、教えるの好きなんだ」
「ほんと?」
芽衣子の顔はにやついた。
「うん」
ファントムは素早く返信してきた。
「じゃ今度教えてください」
今度っていつだよと芽衣子はにやついた自分に突っ込みながら、メッセージを送る。
「いいよ。いつでも僕でよかったら」
芽衣子はふわっと気持ちがなった。
ファントムの気持ちに感動した。
「ありがとう」
芽衣子は返信した。
「そういえば、メイは付き合っている人いるの?」
ファントムから初めてそんな話題がふられて、驚いた。
「えええ!」
「いや、メイってもてそうだし」
「そんなことないです」
芽衣子はお世辞とわかっていてもうれしくなった。
「かわいいっておもうし」
「いやあ、そんなにほめてくれなくてもいいですよ、ファントムさん」
芽衣子は顔が赤くなるのを感じた。
こういうのも好きっていうのかな。
芽衣子の心にちらっと横切る。
ゲームは好きだし、うん、これははっきりしてる。ファントムは……ファントムさんのことはどうなんだろう。それより、ファントムはわたしのことどう思っているのかな……。
メイでなく芽衣子のこと、どう思うんだろう……ファントムさんは。
もやっとしたものを感じた。
しかし、もやっとしたものを振り払うかのように、芽衣子は心を切り替えた。
「ゲーム、はじめましょう!」
ファントムに呼び掛けた。
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