ルカの願望(β×Ω)

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「シーナの、お友達の方ですね」  開店前のレーヴに連れていかれると、ベテランの男役のような、中性的な美貌の男から面接を受けた。 「はじめまして。天宮(あまみや)と申します」 「あ、春風(はるかぜ)です」 「春風さんって、素敵なお名前ですね」  よくできた球体関節人形のような顔が、やわらかく微笑む。  ルカの心臓が、電気ショックを与えられたみたいに跳ね上がる。こんな美しい人に笑顔を向けられたら、どんな男も女も、老人も子供も、一瞬で恋に落ちるに違いない。  きっと、天宮もΩだろう。こんな風に生まれつくなら、Ωも悪くない。そう思ってしまうくらい、妖しい魅力に溢れた官能的な存在だった。 「当店、レーヴでのスタッフの役割については、シーナから聞いていますね」 「え、あ、はあ……」  一体一の接客。場合によっては、深夜まで及ぶ。椎名から聞かされたときは驚いた。そんな店があるなんて。しかも、椎名自身、店のコンセプトには諸手を上げて賛成していた。 「レーヴでは、勤務中のスタッフは、商品として遇させていただきます。ただし、これは一方的な搾取を目的としたものではありません。Ω男性に特有の悩み、身体的、社会的な悩みにも対応いたします。Ω性を強みとして活かせるよう、御指導させていただきます」  黒曜石のように光る、天宮の瞳に射すくめられる。 「多くのスタッフは発情期での勤務を希望していますが、そうでない時に勤務しているスタッフもおりますよ」 「はあ、いえ、僕は、」  発情期でもなければ、男に抱かれたいなどとは思わない。だからこそ、普段の自分と、発情期の自分との落差にいつも落ちこんでしまう。 「名前は、そうですね。ルカ、でどうでしょう」 「ルカ?」 「春風さんの苗字の一部を取らせていただきました」 「いいんじゃね? おまえ、普段から、ハルカって呼ばれてるんだし」  椎名に同意されて、ルカは曖昧にうなずいた。女性みたいだとは思ったが、本名でなければなんでもいい。 「当店での接客に当たっては、こちらの保護用の首輪をつけていただきます。αとの、望まない番契約を防ぐためです。番になりたいという希望がある場合は、別ですが。当店を卒業される際には、ささやかながら祝福させていただきます」  艶やかな笑みを向けられ、ルカはますます顔を赤くした。 「俺はさ、ここで相手を見つけて、番になるのが目標なんだ」 「え」  ピアスやタトゥーという尖ったアイテムで身を飾っている椎名の言葉は意外だった。 「だってさ、一生、一人でいて発情期に苦しめられるより、番になって、相手の子ども産むほうが絶対いいじゃん」 「ん、まあ、そうだね」 「世の中広いんだし、どこかに一人くらいは、こんな俺でもいいっていうαがいるかもしれないじゃん? でも、そのへん適当に歩いてても、番のいない適齢期のαと出会えるわけじゃない。ま、ここのスタッフやってても、なかなか出会えないけど」    照れたように笑う椎名を見て、ルカは肩がひどく凝っていたことに気づいた。自分でも気づかないうちに、緊張していたらしい。もしくは、発情期が近く、血行が悪くなっているのか。  あと数日、一週間以内に来てしまうだろう。 「やっぱり、ここに来るのってβの人が多いの?」 「んー、どうだろ。俺、まだ、ここ始めてから一ヶ月ちょっとだけど、αのお客さんは一人しか会ってない」 「そう、なんだ」  運命の番。そんなロマンチックな夢を見ているわけではないけど、相手にめぐり会えるのは羨ましい。 「ハルカは番が欲しくないの?」 「う、ん……よく、わからない。あんまり、考えてないんだ」  なんとなく流されるまま、ここまで来ていた。  自分に番ができるという感覚がわからない。 「αの多くは番やパートナーを持っているから、新たに出会うのはなかなか難しいのですよ。それに、ただαであればいいというわけではないでしょう。だから、出会いの機会はなるべく、スタッフに平等に行き渡るよう、こちらも苦心しております」  天宮は目を細めて笑った。その笑顔に引きこまれるように、言葉が口をついて出ていた。 「あの、お世話になります。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしく。もし、外にいる時に発情期が来たら、うちのスタッフが車で迎えに行くから、遠慮なく呼んでください」 「ありがとう、ございます」  Ωの特徴を活かした、いかがわしいアルバイト。  なんでもいい。一人では抱えきれない重荷に疲れたルカは、やぶれかぶれのまま、雇用契約書にサインした。 「レーヴには、フランス語で夢という意味があります。このオメガクラブは、お客様に一晩の素晴らしい夢を提供するところです。ですが、できればスタッフの皆さんにも素敵な夢を見てほしいと、私は思っております」  歌うような天宮の声は、催眠術のようだった。思わず、頷いてしまう。 「最後に確認しますが、ルカは未経験ではないですね?」 「え、あ、ああ……はい」  一度だけ、だった。  下校途中に、発情期が始まってしまった。体がどうしようもなく火照りだし、道端でうずくまっていた。  人通りのない裏道だったが、Ωの匂いがしたのだろう。見知らぬ男に腕をつかまれ、空き家まで引きずられた。わけがわからないままに関係を持った。嫌だと思う気持ちを裏切って、体は貪欲に男を求めた。  学生かフリーターの若い男は乱暴ではなかったし、避妊もしてくれた。怪我もしてなければ、その後につきまとわれたわけでもない。  けれど、あんな経験は、もう二度としたくない。  発情期が訪れる度に外泊するようになった息子を、両親が咎めることはなかった。
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