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約束の日。
昼過ぎにやってきたシーナは、あずけていたシロの他にもう一匹、黒い子犬がいるのに気づいて、怪訝そうに首を傾げた。
「あのね、こっちの黒いほうは、実は、」
「チワックス」
「よく知ってるね。僕は、いままで知らなかったけど」
「俺も実際に見るのは初めて。ハルカ、こいつはいったいどうした?」
シーナが眉をしかめるのを見て、ルカは胸の奥が痛くなる。
「チワックスってさ、まあ、ミックス犬全体に言えることなんだけど、結局は人間のエゴで交配させられて、無理矢理生まされたわけじゃん?」
「うん、そう、だね」
「こっちの犬の可愛いところと、こっちの可愛いところを掛け合わせて、自分だけのペットにしたくて。そういうのって、すごく違和感があってさ。この子はそれほどでもなさそうだけど、チワックスだとチワワの細い腰がミニチュアダックスの長い胴を支えきれなくて、関節を痛めたりしやすい。けど、人気あるから値段はわりと高い」
「うん、そう聞いてる」
「そもそも、二階堂さんは、どうしてチワックスなんて飼おうと思ったんだ?」
険のある口ぶりを聞いて、ルカの心臓は早鐘を打つ。シーナは、クロをよく思っていない。クロを飼い始めた二階堂ことも。
「智之さんの知り合いが飼うはずだったんだけど、手元に置いてみたら、やっぱり気持ち悪いって家族に反対されて、飼えなくなった人がいて。だったら、うちで面倒みようかって話になったらしい」
「なるほどな。人間の勝手で交配させられて、気持ち悪いとか言われるなんて、無礼にも程があるよな」
シーナはクロを抱えると、胡座をかいた上にのせ、背中のフワフワの毛を撫ではじめた。されるがままのクロは、キュウーンと一声鳴くと、心地よさそうにうっとりしている。
「あ、シロが妬いてる」
いつのまにか、シロもシーナの脛に足をかけ、様子をうかがっている。
「なんだ。おまえも、こっち来たいのか。おいで、シロ」
シーナはひょいと抱きあげて、クロの隣に並べ、左手で撫ではじめた。二匹はすっかりリラックスして、身をまかせている。
「すごいね、シーナって。この子たち、わりと警戒心が強いのに、こんなに懐くなんて」
「俺はまあ、前に飼ってたことあるしさ。それにしても、シロとクロは仲良しになったんだな。なんかもう、お互いが家族って感じ。おまえと二階堂さんみたいな」
「え、そんなことないよ」
「どっちもオスなんだろ。いいじゃん。やっぱ、いいコンビなんだって」
シーナは納得するように頷くと、いきなり立ち上がった。
「なあ。このまま、シロクロの二匹で飼わねえ?」
「え、ええ?」
「ダメかな?」
「だって、シロは四日間だけ、預かるって話だったから」
「あのさ、犬アレルギーの人がさ、その、毛とかが服についてるだけでも無理っぽくて、さ」
「旅行一緒に行った人だよね? もしかして、その人とつきあうことになったの?」
「いや、つきあうとか、そういうんじゃないぞ? べつに、そういう、アレは」
目に見えて狼狽するシーナを見て、ルカはとっさに手を叩いていた。
「え、まさか、本命?!」
「だから、そんなんじゃないって。俺はさ、運命の番を探してるんだから、やっぱ、相手はさ、できればαであって欲しいし」
αならば、重度の犬アレルギーのような疾患は、まずない。健康優良で、頑健、理想的な遺伝子の持ち主である。
「でもさ、気になる人って、そういう理屈とかじゃないよね。この人だって思う相手は、ほら、直感みたいなものじゃない?」
「う、ん。まあ、なんていうかな。そもそも、別につきあってるわけじゃないけど、な」
シーナの頬が赤い。ルカは先から気づいていたが、黙っていた。
「旅行に行ったのって、レーヴで知り合った人?」
「ん。予定が入ってなければ、一緒にどうかって言われて、まあ、暇してたから」
「そっか。じゃあ、僕がシロを飼っても大丈夫だね。よかったな、シロクロ。これからも一緒にいられるってさ」
ルカは二匹を撫でるが、シロとクロはそれぞれの方向へ逃げていった。
「ルカのほうこそ、元気そうでよかった」
「うん。シロとクロと、それから赤ちゃんもって思ったら、なんだか寝ていられないなって」
「無理すんなよ。しんどくなったら、いつでも俺が預かるから」
「ありがとう」
キャン! キュン! と相次いで二匹が吠える。ルカとシーナは顔を見合わせて笑いあった。
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