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発情期の一週間を、ルカはレーヴの一室で過ごした。
夜も昼もなく、欲しがってしまう性とはいえ、三食をきちんと摂ることは契約書の中に明記されていた。
レーヴの食事は、びっくりするくらい美味しかった。特別に凝った料理ではないが、味噌汁一杯の味が違う。栄養バランスが考えられつつ、味のほうも申し分ない。
ひどい発情の数日間は、部屋の中で一人で食べていたが、峠を越えた頃にはスタッフルームに顔を出してみた。そこで初めて、他のスタッフである若いΩたちと出会った。
それぞれに魅力的なΩとは、すぐに気が合った。Ωの男性という共通項があるので、わかりあえることが多かった。
椎名の他にも友達ができた。イヴという年上の先輩が、新米のルカになにかと話しかけてくれた。
「新入りだろ? 具合はどう?」
「あ、はい。だいぶ、落ち着いてきました」
レーヴには多数のΩが在籍していること。レーヴ以外に、昼間の仕事をしている者もいること。それに、発情期でない時にも、ここにいるスタッフがいること。
「結構、多いんだ。昼間の、普通の仕事するより、給料いいからさ」
「イヴさんは、どうなんですか」
「俺は基本、短期や単発のバイト入れてる。長期のとかは、予定が立たないから入れづらいしな。肉体労働のほうが割がいいんだけど、Ω向きの職場じゃないしな」
「でも、わりと日焼けしてますよね」
「ああ。先週、野外でイベントの販売やっててさ。地獄みたいな日差しで、生きたまま焦げるんじゃないかと思った」
番のいないΩには一応、国から生活保護程度の手当が保障されているが、生きていくのに最低限度の額であり、自活は厳しい。番のいない若いΩのほとんどは、親元で扶養されているのが実情である。
「その点、レーヴは俺達にとって居心地のいい店だから、普段もここで働きたい奴も多い」
「でも、若いうちしか、いられないんじゃないですか」
ルカの疑問を聞くと、イヴは口の前に人差し指を立てて、あたりを見まわした。
食堂で遅い朝食を摂っていたのは、ルカたちを含めて四人。残り二人は、自分たちの会話に夢中になっている。ルカとイヴは食後のお茶を啜りながら、そっと胸をなでおろした。
「すみません。なんだか、変なこと言って」
「いや、いいんだ。今日は若い奴ばっかりだったけど、ベテランもわりといるからさ、ここは」
「やっぱり、居心地いいんですけね」
「そうだな」
だって、Ωだから。
普通の生活は送れないから。
Ωとして必要とされるのは、なによりもありがたかった。
「ルカは学生?」
「そう、です。学校の友達に、ここを教えてもらって」
「誰?」
「シーナ、です」
「へえ。シーナか。あいつとは、あんまり周期が合わないんで、話す機会ないんだけど。ああ、ルカとはまた、三ヶ月後に会えそうだな」
「そう、ですね」
あれから、一年以上経った。ルカとイヴは、レーヴで何度となく顔を合わせた。αの番を見つけ、いつのまにか辞めた者もいたが、多くは残っていた。
「お待ちしておりました、二階堂様」
予約の時間よりも早い到着だと聞いて、胸が高鳴る。ルカはベッドから勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げた。
「おう。待ち遠しかったよ、今夜が来るのが。なんたって、三ヶ月ぶりだもんなァ」
人の良い笑みを浮かべている客を見上げて、ルカは安堵を覚える。
必要とされている。こんな自分でも。
レーヴの仕事は、わかりやすく、ルカの存在を肯定してくれる。Ωだから必要とされる。そんな場所は、ここ以外どこにもない。
「僕も、二階堂様にお会いしたかったです」
営業トークだと思われているだろうが、紛れもないルカの本心だ。火照った体が、さらに熱くなるのがわかる。
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
この一年で、ルカにも常連と呼べる客がついた。でも、一番に会いたい人は二階堂だった。
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