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正面で見つめられながらでは食べづらいとイヴは思ったが、天宮はリリトの様子を気にしていて、体温を計ったり、額の汗を拭ったり、甲斐甲斐しく立ち動いていた。
「それで、話っていうのは」
食後のお茶に口をつけながら、イヴのほうから切り出すと、天宮は懐からメモのようなものを取り出した。
「夕方に神蔵さんがいらしたのですが、いま、この部屋へ入ってもらうわけにもいかなくて、外出中だと伝えました。そうしたら、その場で手紙をことづかったのです」
「神蔵が? なんて?」
「これを」
走り書きのようなメモには、なかなか連絡することができなくて悪かった、話したいことがあるから会いたい旨と、携帯の番号が書かれていた。
「電話したほうがいいですよ」
「でも」
「イヴがどんな結論を出すにしても、相手と向き合って話をすることが礼儀でしょう」
「けど、あいつと会うと俺は、どうしたって」
「相手がαだからいいなりになって、流されてしまう。そう思っているのですか」
会えば、押し切られる。隠していたものすべて、こじ開けられてしまう。だから、怖い。ごまかせなくなる。
「いっそ、全部を打ち明けてみればいいのではありませんか」
「え?」
「自分からすべてを打ち明ければ、どんな結果になろうとも納得がいくと思いますよ」
「そんな。他人事だから正しいことが言えるけど、でも俺は」
「とにかく、電話だけはかけてください。では、わたしはこれで」
天宮は手早く食器を片づけると、イヴの部屋をあとにした。
リリトは眠り続けている。
イヴは手の中にある神蔵のメモを握りつぶそうとして、やめた。きれいになったテーブルに突っ伏す。
「ったく、どうしろってんだよ、俺に」
会いたくない。
あんな醜態をさらした後で、どんな顔を見せればいい。神蔵に会えば、決心が鈍る。
すべてを打ち明けるなんて無理だ。ここ数年の自分の記憶がなかったなんて、いまさら言えない。
イヴは拳が白くなるまで固く握りしめていた。
深々と息を吐き出す。くしゃくしゃになったメモを広げて皺を伸ばすと、スマホを手に取った。
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