イヴはまた眠れない(α×Ω)

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 日々、汚れた空気ばかりを吸っていても、街路の木々は青々と葉を茂らせ、毎年、変わらずに無数の蕾をつける。  ほころび始めた白い蕾を見上げながら、昼間の明るい通りを神蔵と並んで歩くのは、浮き足だつような、なんとも言えない高揚感をイヴにもたらした。例年よりも早くなりそうだという開花予想を聞きながら、無意識の内に伸びていた手を引っこめる。  そのまま伸ばせば、神蔵は喜んでイヴと手を繋いでくれだろう。  けれど、イヴの方が嫌だった。外を歩くときは、若いαとΩではなく、ただの友人、仲の良い友人同士を装いたかった。  αかβに生まれていれば、肩を並べて歩ける友人でいられただろうか。その場合は、神蔵と寝ることはなかっただろう。どちらが良かったのか、イヴはいまだにわからない。  二人が到着した場所は、古ぼけた雑居ビルの一室だった。真新しい表札には、『イーストソース』と書かれている。店舗もしくは会社らしい。 「ここだよ」 「なんで、こんなところに」 「ただいま」  神蔵は勝手知ったる気楽さで、中へ入っていった。イヴも靴を履いたまま、あとへ続く。オフィスのようだった。壁一面に収納があり、デスクとパソコンが所狭しと並んでいる。 「おかえり~。あ、例の友達?」 「うん」  神楽は軽くうなずくと、イヴに向かってさらに奥へ入るよう手招きした。  向かい合ったデスクに、二人の若い男が座っている。一人は黒いジャンパーを着ている。背を向けて手前に座っているワイシャツ姿の男が、立ち上がって振り返った。 「紹介する。二人は(あずま)兄弟で一卵性双生児。年は俺たちの一つ上だけど、同級生。こっちの丸眼鏡が『恭一(きょういち)』で、イーストソースの代表取締役社長」 「こんにちは、兄の東恭一です。好きな言葉は世界平和。ご覧のとおり、まだ始めたばかりの小さな会社ではありますが、今後の世界になくてはならない技術を提供していく予定です。今後とも、よろしくお願いします」 「あ、はい、指宿(いぶすき)蓮華(れんか)です」  恭一はにこやかに笑って、握手を求めてきた。イヴは気圧されるように手を握り返す。 「あっちの四角い眼鏡が『謙二(けんじ)』で、技術担当部長」 「どうも」  謙二は小さく会釈だけよこして、こちらを一瞥すると、すぐに恐ろしい勢いでキーボードを叩き始めた。 「あ、愛想ない弟でごめんね~。ちょっと、納期がギリギリなのがあって、切羽詰まってるもんでさ」 「スケジュール管理ができない社長がいるせい」 「いやいや、我が社の部長は優秀だから、このくらいは余裕でこなせるだろうと見越していたんでね」 「減らず口叩く暇があったら働け」 「だから、僕も頑張ってるじゃないか~」  同じ顔に、違う形の眼鏡をかけた二人が、一心不乱になにかを打ちこんでいる姿は、イヴの目には一種新鮮なものに映った。 「いま出社しているのは二人だけど、午後には他のスタッフも出てくるから、デスクが全部埋まっていっぱいになる」  神蔵に隣の部屋を案内される。そこにもパソコンやプリンターが並んでいて、イヴはなんとなく息苦しいものを覚える。 「それで、どうして、今日はここに」 「あ、ごめん。最初から順番に話さないといけないな」  神蔵は困ったように肩をすくめて、イヴに手近な椅子を勧め、マグカップにコーヒーを煎れて戻ってきた。イヴにはブラックコーヒーを渡し、神蔵はミルクと砂糖を入れて掻き混ぜる。 「恭一と謙二は大学の同級生で、俺たちは二年前に、このイーストソースっていうITの会社を起業した。場所はここよりも狭くて、二人の下宿の部屋だった」  イヴはマグカップに口をつけ、黙って神蔵の話に耳を傾けていた。
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