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「悪いねえ。こんな、むさ苦しいところに呼びつけて」
案内された事務所を入ってすぐには応接スペースがあり、奥の部屋が二階堂のデスクになっていた。机の上にも床にも、ファイルや雑誌、新聞などがところ狭しと散らかっている。
「ちょっと、野暮用で立てこんでてね。あ、お昼食べた? いただきものの、おこわ、あるんだけど食べる?」
「いただきます」
午前中、ルカは学校に行っていた。午後の講義はサボるつもりだ。授業料を払ってくれている両親には申し訳なく思うが、二階堂の誘いを断るつもりはなかった。
渡された紙袋に入っていたのは、ワッパを模した弁当箱だった。紫色の包み紙と飾り紐で丁寧に包まれている。料亭の仕出し弁当のようで、根っから庶民のルカは少々怯んでしまう。
「わあ、栗おこわだ。おいしそう。いただいてしまって、いいんですか?」
「いいって。ルカが食べてくれないと、残りは捨てるか、先会ったみたいなチンピラ小僧に渡すことになるんだから」
「いただきます」
「ごめんね。ペットボトルのお茶しかなくて。こんな立地だから、美人の受付嬢とか置くわけにいかなくてね」
「あの、二階堂さんは食べないんですか?」
「うん。ちょっと、二本連絡入れたら食べるよ」
そう言うと、奥のデスクで電話をかけはじめた。ドアを閉め切っているので、会話の内容は聞き取れないが、二階堂は朗らかな声で笑っている。
しばらくして、ルカの待つ応接スペースへと戻ってきた。
「待たせたね。こういうのってさ、お店には怒られないの?」
「お客様に個人的な情報をお話するのはスタッフの自己責任なんで、問題ありません」
「よかった。でも、今度からは待ち合わせにしよう。このあたりは、治安がほら、あの通りだからさ」
旬の栗がふんだんに入ったおこわは、とても美味しかった。栗の甘味と塩分のバランスが絶妙で、少食のルカでもバケツ一杯食べれる気がした。
「仕事柄、つきあいっていうか、接待っていうか、外まわってくることが多くてね」
「そう、なんですね」
「そんな顔するなって。別に、警察のご厄介になるようなことはしてないから。ただ、このへんのね、あちこちのお店の調整? 備品もそうだし、人のやり繰りとかいろいろね、そういうのを引き受けてるんだ」
二階堂の言葉は明瞭なのに、いまひとつ仕事のイメージが湧かない。
「だから、不安そうな顔しなくていいって」
「僕、そんな顔してました?」
「してる。ま、信じてもらえなくてもしょうがないな。自分で言うのもアレだけど、怪しいオッサンだもんなあ。さっきのチンピラもそうだし、ソッチの人とも付き合いはあるよ。商売をしていく上で、無視はできないからさ。でも、アタシはソッチの関係者ではないんだ」
太い指で器用に割り箸を動かし、おこわを口に運んでいく。食べ方がとてもきれいで、ルカは思わず見蕩れてしまう。
「そういえば、二階堂さん。具合のほうはどうですか? 肩こりがひどいって言ってましたよね」
「んー、マッサージから整体に変えてみたけど、やっぱりダメね」
「電話が繋がらないっていうのは?」
「うん。部屋から出て、マンションの階段から電話してる。管理会社にも聞いてみたんだけど、電波の調子が悪いのって、うちの部屋だけみたいでね。ずっと、接触が微妙だったんだけど、ついにテレビも映らなくなった」
「すぐに引越ししましょう! 怖すぎます、その部屋」
「だよねえ。だから、知り合いの不動産屋さん、呼んだの」
二階堂が軽く顎をしゃくると、入口のドアから、ルカよりも小柄な中年男性が現れた。慣れた様子で、ずかずかと中へやってきて、二階堂の隣に腰を下ろす。
「なんかさ、すんごい物件掴まされたんだって?」
「そうそう。できれば、すぐに越したいんだよねえ」
「だから、言ったじゃん。よその業者なんか使わずに、オレのこと呼べって」
「んー、でも、部屋見て、すごい気に入っちゃったから、即決しちゃったんだよ」
「で、それが、事故物件」
「だから、アタシを助けると思ってね。よろしく頼むよお」
おどける姿が妙にシュールで、ルカと不動産屋の男は小さく肩をすくめた。
二階堂の腐れ縁だという男は、宇野と名乗った。
「どうしたの、ニーちゃん。こんな、可愛いコ連れこんで。もう、犯罪だろうよ」
ソファの沈みこんだ宇野は、正面に座るルカを一瞥すると、肘で二階堂の脇腹をつつく。
「いやね、ちょっとした知り合いで。部屋、一緒に内見しようと思って」
「おう。あんたも家探してんのか? Ω専用の物件も、いろいろあるぞ。セキュリティーばっちりとかさ。その分、家賃は少しあがるけど、ニーちゃんの知り合いなら、勉強さしてもらうからさ」
「ちょっと、若い子にすぐ営業かけないの」
二階堂が頬を膨らませる姿がコミカルで、ルカと宇野はまた笑った。
オネエ言葉でもないし、女々しい感じはしないのに、二階堂はどこか愛嬌があって憎めない。
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