ルカの願望(β×Ω)

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 四件目の部屋は、隣との壁が薄いことを理由に、二階堂が却下した。 「厄介なお客さんだなあ。幽霊さえ出なきゃ、なんでもいいんじゃなかったのかよ」 「そんなこと言ってないだろ、宇野ちゃん」  宇野と二階堂のうしろを歩きながら、ルカはひどく疲れていた。家を見てまわるのは、意外と消耗する。知らない場所への緊張のせいか、倦怠感を覚える。 「ルカ、大丈夫?」 「す、すみません。平気です」 「平気って顔してないよ。ちょっと待ってて」  二階堂はワンブロック先まで早足で向かうと、自動販売機でコーラとジュースを抱えて戻ってきた。 「ごめん。こんなのしかなくて」 「いえ、ありがとうございます」  ルカはオレンジジュースの缶を受け取って、口をつけた。人工的な甘さが喉を潤していく。 「おいおい。オレの分はないわけ?」 「小銭が足りなかった」 「ケチなおっさんだなあ」  宇野は口を尖らせてボヤくと、自分の分の缶コーヒーを買ってきた。 「なんかさ、こうやって三人で飲んでると、オレらって、どういう風に見えるかな」  眉をしかめた二階堂が冷たい一瞥をくれるが、宇野は気にした様子もなく続ける。 「悪の組織が若い子を騙して、身ぐるみ剥がして毟り取ろうとしてる、とか」 「……してない」  二階堂は思い切り顔をしかめて否定するが、宇野はケタケタとあたりをはばからずに笑っている。 「ルカはそんなに馬鹿じゃない」 「おう。愛されてるねえ」 「やめろ」 「おお、おっかない。さすが、悪の組織」  宇野はにやけた顔そのままに、三人分の空き缶を捨てると、五件目の部屋へ向かった。  どれも、ごく近所をまわっているとはいえ、内見の時間はかかっている。秋の太陽はだいぶ傾き、オレンジ色の西日がさしこんでいる。 「今日は、これで最後な」  ライラック色の外壁が特徴的だった。築十五年の雑居ビルのエントランスをくぐる。中から出てきた住人と思しき若い女性が、三人とすれちがいに挨拶をして出ていった。 「勇敢だな。悪の組織相手に、怯まずに声をかけるとは」 「誰が悪の組織だ」 「おや。まだシラを切るつもりか」 「宇野ちゃん、いい加減にしてくれよ」 「ああ。ルカくん、ごめん。おじさんたち、別にケンカしてるわけじゃないからね。そんな心配そうな顔しないで」  三人でエレベーターに乗りこみ、最上階へ向かう。  建物自体は新しくなかったが、エントランスも廊下もきれいに磨かれていて、掃除が行き届いているのがわかる。  宇野に案内されたのは、ごく一般的な2DKだった。バスルームとキッチンをリフォームしてあり、新しい畳からはイグサの匂いがした。 「ルカ、この部屋どう思う?」 「え」  振り返った二階堂に訊ねられるが、とっさのことで返事ができない。  ようやく、思い出した。どうして、二階堂が内見にルカを付き合わせているのか。 「あ、あの、特になにも感じないです。それに、今日見た部屋は、どこも変な感じはしませんでした」 「だから、ちゃんと厳選したんだよ。幽霊の出ない部屋。それを、次から次から一瞬で却下しやがって」  宇野はあからさまに口を尖らせていたが、派手な着信音に気づくと慌てて靴を履き、外へ出ていった。部屋にはルカと二階堂の二人が残された。 「あの、二階堂さん。べつに僕、特に霊感があるとかじゃないんですが」  なんとなく、感じるだけ。  踏切で冷気を感じて、あたりを見まわすと、花束が備えられていたり。古いビルで気分が悪くなって訊ねてみると、いわゆる飛び降りの名所だったり。ただ、それだけのこと。 「違うよ。そういう意味じゃない」 「え」 「ルカがどう思うか聞きたかった。ここ、住みやすいかどうか」  窓の外には、黄昏に染まる街が広がっている。高層ビルの谷間にある街は、そろそろ目が覚める頃だった。  カーテンのない空き部屋で二階堂と二人、立ちつくしているのが妙だった。 「眺めが、いいと思います」 「使い勝手はどう?」 「角部屋で日当たりよくて、台所に窓があるから風も通るし、収納も多いし」 「ルカだったら、ここ住みたい?」 「え」  なにを言っているのだろう、二階堂は。 「住みたい? 住みたくない?」 「え、あ、住みたいと、思います」 「じゃあ、住んじゃう?」  ルカは大きく目を見開いて、間近に迫る二階堂を見上げる。
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