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「ルカ。ここ借りたら、住んでよ」
「え。だって、二階堂さんが部屋を探してるんじゃないですか」
「だからね、一緒に住もうよ」
思いがけない二階堂の言葉を聞いて、ルカはぽかんと口を開けていた。
「ルカさえ嫌じゃなかったら、一緒に住んで欲しい。同棲に抵抗があるんだったら、その先も考えてる」
「その、先って」
「入籍」
ルカは考えたこともなかった。
二階堂ともっと一緒にいたい、と夢想することはあっても、妄想にとどめていた。
だって、Ωだから。
迷惑をかけるだけで、本当に好きな人から求められるとは思っていなかった。
「嫌だったら無理強いはできない、って言わなきゃいけないんだけど、言いたくない。一緒にいて欲しい。さらって閉じこめておきたいくらい。この先、ずっと」
「二階堂さん……」
「アタシはこんな醜いおじさんで、ルカには言えないような汚いこともいっぱいしてきた。指だって、ほら」
掲げられた左手の小指には、白い指輪のような引き攣れた傷痕がある。
「昔のことだけどさ、下手打ったことがあって、落とすことになった。まあ、すっぱりときれいに切れたから、すぐに病院行って繋げてもらった。動きは悪いけど、ついてないよりはマシだからさ」
なんでもないことのように笑う二階堂の横顔に、キラキラした西日が当たっている。
二階堂の小指の傷については知っていた。ルカから訊ねことはしなかった。
「おまけに、アタシはただのβだから、番になってやることはできない。発情期の苦しみを止めてやることもできない。ルカのそばにいても、なにもしてやれることがない。だけど、それでも、いて欲しいんだ」
両腕が、ルカの背中にまわされる。シャツ越しに鎖骨に顔を埋め、ルカの腕も二階堂の背中を抱きしめる。
「一緒に、住んでくれる?」
「……はい」
「ルカ。顔、あげて」
深く抱き合ったまま、顔だけを上に向けると、軽く首を傾けた二階堂の唇が重なった。
「……んッ」
キスなんて、何度も交わした。
ドロドロに溶けるようなセックスにだって溺れた。
けれど、今日のキスが、いままでで一番感じた。
熱く濡れた舌で、口腔の粘膜いたるところを探られる。口移しに唾液を流しこまれ、喉を鳴らして貪るように飲みこんだ。
ねちっこくて甘いキスに乱される。発情期でもないのに、欲しい気持ちが湧いてくる。ドクっと心臓が音を立てて、あらぬところに血液を集めてしまいそうだ。こんなのおかしい。脳味噌がふやけている。
「そこのお二人さん。盛り上がってるとこ悪いけど、契約の説明してもいいですかねえ」
振り返れば、宇野がファイル片手に仁王立ちしていた。
「え、あ、やっ」
「おう。今日にもで引越しの手配したいから、すぐに契約するわ」
見られていたことを気にもせず、二階堂はルカを強く抱きしめたまま笑った。密着した体から振動が伝わってくる。
「はいはい。当てられて、こっちが熱くなるっての」
宇野は手のひらを自分に向けて、うちわのように仰ぐ。恥ずかしくてたまらなくなり、ルカは二階堂の腕をふりほどいた。
「ねえ、ルカくん。本当にいいの。ニーちゃんなんて、こんな汚いおっさんだよ」
「汚いって。おまえには言われたくないぞ、おまえには」
穴が開くほど二人に見つめられ、ルカは息を呑む。熱烈な口づけの余韻で、顔はまだ火照っている。
「ぼ、僕は、二階堂さんと住みたい、です」
ルカの返事を聞くと、宇野は大げさなため息をついた。
「かーっ。若いうちから自分を安売りすんなよ、ルカくん」
「や、安売りなんて、そんな」
言いよどむルカを見て、宇野は額を押さえた。
「な、ニーちゃん。ルカくんとは、どこで知り合ったの。どうやって、あんな若くて可愛い子、誑かしたんだよ、なあ」
「教えてやらん」
「え、なに。なんか、聞かれちゃマズイこともであんの? え?」
宇野はしつこく食い下がったが、二階堂はニヤニヤと笑うだけだった。
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