ルカの願望(β×Ω)

13/22
前へ
/396ページ
次へ
「ルカ。ここ借りたら、住んでよ」 「え。だって、二階堂さんが部屋を探してるんじゃないですか」 「だからね、一緒に住もうよ」  思いがけない二階堂の言葉を聞いて、ルカはぽかんと口を開けていた。 「ルカさえ嫌じゃなかったら、一緒に住んで欲しい。同棲に抵抗があるんだったら、その先も考えてる」 「その、先って」 「入籍」  ルカは考えたこともなかった。  二階堂ともっと一緒にいたい、と夢想することはあっても、妄想にとどめていた。  だって、Ωだから。  迷惑をかけるだけで、本当に好きな人から求められるとは思っていなかった。 「嫌だったら無理強いはできない、って言わなきゃいけないんだけど、言いたくない。一緒にいて欲しい。さらって閉じこめておきたいくらい。この先、ずっと」 「二階堂さん……」 「アタシはこんな醜いおじさんで、ルカには言えないような汚いこともいっぱいしてきた。指だって、ほら」  掲げられた左手の小指には、白い指輪のような引き攣れた傷痕がある。 「昔のことだけどさ、下手打ったことがあって、落とすことになった。まあ、すっぱりときれいに切れたから、すぐに病院行って繋げてもらった。動きは悪いけど、ついてないよりはマシだからさ」  なんでもないことのように笑う二階堂の横顔に、キラキラした西日が当たっている。  二階堂の小指の傷については知っていた。ルカから訊ねことはしなかった。 「おまけに、アタシはただのβだから、番になってやることはできない。発情期の苦しみを止めてやることもできない。ルカのそばにいても、なにもしてやれることがない。だけど、それでも、いて欲しいんだ」  両腕が、ルカの背中にまわされる。シャツ越しに鎖骨に顔を埋め、ルカの腕も二階堂の背中を抱きしめる。 「一緒に、住んでくれる?」 「……はい」 「ルカ。顔、あげて」  深く抱き合ったまま、顔だけを上に向けると、軽く首を傾けた二階堂の唇が重なった。 「……んッ」  キスなんて、何度も交わした。  ドロドロに溶けるようなセックスにだって溺れた。  けれど、今日のキスが、いままでで一番感じた。  熱く濡れた舌で、口腔の粘膜いたるところを探られる。口移しに唾液を流しこまれ、喉を鳴らして貪るように飲みこんだ。  ねちっこくて甘いキスに乱される。発情期でもないのに、欲しい気持ちが湧いてくる。ドクっと心臓が音を立てて、あらぬところに血液を集めてしまいそうだ。こんなのおかしい。脳味噌がふやけている。 「そこのお二人さん。盛り上がってるとこ悪いけど、契約の説明してもいいですかねえ」  振り返れば、宇野がファイル片手に仁王立ちしていた。 「え、あ、やっ」 「おう。今日にもで引越しの手配したいから、すぐに契約するわ」  見られていたことを気にもせず、二階堂はルカを強く抱きしめたまま笑った。密着した体から振動が伝わってくる。 「はいはい。当てられて、こっちが熱くなるっての」  宇野は手のひらを自分に向けて、うちわのように仰ぐ。恥ずかしくてたまらなくなり、ルカは二階堂の腕をふりほどいた。 「ねえ、ルカくん。本当にいいの。ニーちゃんなんて、こんな汚いおっさんだよ」 「汚いって。おまえには言われたくないぞ、おまえには」  穴が開くほど二人に見つめられ、ルカは息を呑む。熱烈な口づけの余韻で、顔はまだ火照っている。 「ぼ、僕は、二階堂さんと住みたい、です」  ルカの返事を聞くと、宇野は大げさなため息をついた。 「かーっ。若いうちから自分を安売りすんなよ、ルカくん」 「や、安売りなんて、そんな」  言いよどむルカを見て、宇野は額を押さえた。 「な、ニーちゃん。ルカくんとは、どこで知り合ったの。どうやって、あんな若くて可愛い子、(たぶら)かしたんだよ、なあ」 「教えてやらん」 「え、なに。なんか、聞かれちゃマズイこともであんの? え?」  宇野はしつこく食い下がったが、二階堂はニヤニヤと笑うだけだった。
/396ページ

最初のコメントを投稿しよう!

931人が本棚に入れています
本棚に追加