ルカの願望(β×Ω)

14/22
前へ
/396ページ
次へ
「どうした、ハルカ。浮かない顔してんな」  学校で会ったシーナは、また一つピアスが増えていた。  屋上の片隅で二人、クリームパンを頬張っている。ルカはイチゴ牛乳の紙パック片手に、深々と息を吐き出した。空は高く、風はさわやかで、屋上は下界の喧騒からほど遠い。 「本命と同棲するって言ってただろ。なのに、あんま幸せそうに見えねえ。マリッジブルー?」  喋りながら左耳のピアスを弄るのは、シーナの癖だ。ルカは残りのイチゴ牛乳を一気に飲み干して立ち上がった。 「違うって。なんだよ、マリッジブルーって」 「だって、プロポーズされたんだろ。あれか、親に反対されたとか?」 「ん、そんなとこ」  真剣につきあっている人がいること、その人と暮らすために、家を出たいことを母親に伝えた。どんな相手かと聞かれて素直に答えたら、途端に血相を変え、金切り声で叫ばれた。 ――そんなの、騙されてるのよ、あなた。パートナーが欲しいなら、お母さんたちが見つけてあげる。あなたにはまだ早いと思っていたのよ。だからね、あなたと釣り合いがとれる、素敵なαを探してくる。間違っても早まった真似はしないで。一時の思いこみで行動しないでちょうだい。  釣り合いってなに?  見合い写真でも持ってくるつもり?  母親の言うとおりに、育ちのいい血統書付きのαと結婚すれば幸せになれるの?  二階堂さんがβだから、運命の番じゃないから、引き離せるって思ってるのかな。 「家出、するしかないのかな」  母はあの調子で聞く耳をもたない。母が話したらしいが、父は完全に沈黙していた。一人息子が、父と年の変わらないβの男に嫁ぎたいと言い出したら、なにも言えないだろう。 「そっか。普通の親は、まあ心配するよな」 「僕がΩだってことも受け止めきれない人たちだから、理解してもらえるとは思ってなかったけどね」 「お袋さんさ、ハルカのこと心配してくれてんだよ。愛されてる証拠じゃん」 「過保護を通り越して、間違った方向に愛されてるけどね」  息子がΩとして生まれたことで、すでにβである両親の期待を裏切っている。  申し訳ない気持ちはあるが、ルカにはどうしようもない。 「な、ハルカ。学校は、やめんなよ」 「う、ん。学費、出してもらってるからね」  リッチでセレブなαのもとへ嫁げば、経済的な不安は解消する。親を心配させることもなくなる。  頭ではわかっていてもダメだった。二階堂以外の人と、暮らしていくなんて考えられない。 「でもさ、新しい部屋へ押しかける勇気もないんだよ」  引越しの手伝いと称して遊びに行ったことはあるが、荷物の運び入れは業者の手で済んでいて、役に立てることはなかった。  いつでも来ていいと言われ、合鍵も渡されているが、あれから部屋を訪れてはいない。 「籍入れるって言われてるんだろ。なにが不安なんだよ」 「二階堂さんはね、家族の反対があるうちは籍は入れられないって」 「大事にされてんな」 「そう、かな」 「なんだよ。まだ信じられないのか。ラブラブなんだろ」  突き放すようにシーナに言われて、胸が苦しくなる。 「……レーヴも、やめなくていいって言われた」 「そりゃ、まあ、なあ」  口を濁すシーナを見ていると、悪気がないのはわかっていても、いらだってしまう。八つ当たりなんかしたくないのに。 「二階堂さんはβだから、ルカの発情期を止めてやれないっていう負い目があるんだろ」 「でも」 「実際、発情期が来たら、β一人で満足できる? 無理だろ?」  βとカップルになっても、Ωの飢えは止まらない。ルカの意思に反して、ルカの体は優秀なαの子どもを成そうと、熱くなってしまう。  それでは、動物と変わらない。 「レーヴのことで、ハルカが負い目を感じることはないんじゃないか」 「そんなこといっても」 「っていうかさ、ハルカ自身が、Ωであることを受け止めきれてないんじゃないのか」 「……!」  喉が変な音を立てて鳴った。  指摘されるまでもない。だって、Ωとして生まれたい男なんているだろうか? 「とりあえず、さ。押しかけてみたら? 話はそれからじゃね?」  クリームパンを食べ終えたシーナは立ち上がって、ズボンについたチリを払った。  ルカは低い声で唸るしかなかった。
/396ページ

最初のコメントを投稿しよう!

931人が本棚に入れています
本棚に追加