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「んぅ、ンッ、ぅ……」
鼻にかかった息に誘われ、シーナはさらに激しく唇を絡める。
発情期の鞠村を見るのは、シーナも初めてだった。子どものようにあどけない表情をしているのに、唇は少し腫れたように赤味を帯びている。
「やめろ!」
濃厚なキスを続けていると、御薗生が吼えた。玄関を見ると、御薗生が顔を赤くして狼狽えていた。余裕なく焦れている姿はαらしからぬ必死さで、親しみが持てるとシーナは思った。
「いま、体がつらいんだよ。見れば、わかるだろ」
半端にシャツがはだけた鞠村は目を潤ませ、熱に浮かされたように熱い呼吸を繰り返し、膝を擦りあわせてモゾモゾしている。キスで蕩けた体は火がついたらしい。
「え、や、やだぁ……」
ダークグレーのスラックスに手を伸ばすと、股間に当たる生地が湿っているのがわかった。濃い沁みが広がっている。Ωの分泌する愛液だった。個人差はあるものの、滲み出す量が多く、独特の匂いでオスの劣情を刺激する。
「あんた、同僚に見られてると興奮するんだ?」
「ちが、シーナ、そうじゃなくて、」
αやβに作用するフェロモンは、Ωのシーナには効かない。
それでも、狂ったように欲しがって腰をくねらせる鞠村を見れば、シーナだって放っておけない。発情期特有の異様な熱を知っているだけに、なんとか鎮めてやりたいと思う。
シーナの意識は一片の曇りもないが、色に浮かされた目を向けてくる鞠村にはフツフツと滾るものがある。
鞠村は、こんなにも魅力的だ。
「大丈夫。俺に、まかせて」
「……ふぁ、や、あぁ」
指先で鞠村の唇をなぞる。それだけで性感を刺激されたのか、鞠村はおずおずと口を開いて、シーナの指をくわえた。
「んぅ、んぐっ、ンムぅ!」
口の中は唾液が溢れている。指の腹で舌を撫でると、感電したかのように鞠裏の肩が震えた。
もう一方の手でスラックスを引き下ろす。前もうしろも沁みが広がっている。布地の上から触れると、喉奥からくぐもった嬌声が漏れる。発情中は、躰全部が濡れそぼっているのだと実感する。
普段、清楚で清潔な男が、Ωの本能のままに淫らに喘いでいる。
「やめろ!」
あとからあとから溢れてくる蜜液に濡れたアンダーウェアを脱がせていると、靴を脱ぎ捨てた御薗生がかけよってきた。
「駄目だ。やめてくれ!」
「こんなに、欲しがってるのに? それとも、あんたが代わってくれる?」
「でも、その、俺は、」
顔を火照らせたまま言いよどむ御薗生を挑発するように、シーナは畳みかける。
「こいつが欲しいんだろ、本当は」
「……っ」
御薗生は膝をついた姿勢で、奥歯を噛みしめている。その間も、鞠村は体をくねらせながら、ねだるような甘い声をあげていた。
「どうして? こんなに求めてるのに、なにがイケナイわけ?」
「ダメだ。鞠村に、触るなっ」
「だったら、あんたが助けてやれよ」
「でも、それは、」
「じゃ、本人に聞いてみるか?」
「よせ!」
シーナの腕にとりすがる御薗生の顔は鬼気迫るものがあった。
とっくに限界を超えているのだろう。間近でΩのフェロモンを嗅げば、αの理性は灼ききれる。それでも、必死に善人の位置に留まろうとする姿が滑稽に思えて、いらだった。
シーナは、もっとシンプルに生きている。
したいなら、する。
したくないなら、しない。
建前とか、矜持とか、言い訳とか、そんなものは欲しくない。
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