イヴは嘘をつく(α×Ω)

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 震えるような寒さで、イヴは目が覚めた。  全裸の体には、脱がされた服やタオルが無造作にかけられている。  好き勝手にイヴを貪った男は、いつのまにか消えていた。  男の狼藉はたいしたことなくとも、その前に神蔵との行為があった。疲労で軽く意識を飛ばしていたらしい。  スマホを確認すると、午前三時を過ぎていた。どうでもいい悪戯メールの着信が点滅している。神蔵からのメッセージはない。まだ、眠りこんでいるのだろうか。 「……ちくしょう」  イヴを拘束していたものはなく、男が部屋にいた痕跡すらない。淫らな夢と間違えそうだ。  だが、イヴの両方の手首には、まぎれもなく拘束具での擦過傷がある。関節が軋む。少し身じろぎするだけで、下肢に鈍い痛みが走る。神蔵とさんざん盛り上がった上に、見知らぬ男に犯された。痛くて当然だ。むしろ、痛くも痒くもなかったら、そのほうが恐ろしい。 「へ、へっく、くしゅん……」  夜の空気は冷えている。立て続けにクシャミを漏らしたイヴは鼻をかむと、気だるさの抜けない体を引きずって、狭いユニットバスへ駆けこんだ。  熱いシャワーを頭からかぶる。  立っているだけでしんどいが、男につけられた匂いすべてを消し去ってしまいたい。  忘れたい。あの時間のことは。なかったことにしたい。  飛沫で濡れた壁のタイルに頭を打ちつける。そんなことをしても、なにもならないことくらい、わかってはいるが。  手荒く髪を洗って、頭皮を強く擦る。  イヴは長めのシャワーを終えると、寝間着に着替えて、蛇口に口をつけて水道水をがぶ飲みした。半分は口の端からこぼれ落ちるが、かまわず飲み続けた。  手の甲で濡れた口を拭い、灯りを消してベッドへ倒れこむ。頭から布団をかぶって、呪いの言葉をつぶやいた。 「照子のやつ、性懲りもなく。くそったれ」  懲りないのは自分も同じだ。  照子にどれだけ嫌がられても、結局は離れられない。  照子は神蔵の実母。  彼女は、イヴが神蔵の側にいることを許さない。  イヴと神蔵の仲が友人の範疇にある間はよかった。イヴが神楽の支援者の一人なら、歓迎された。だが、大事な跡取り息子の交際相手には相応しくない。Ωなので子どもを孕むこともでき、籍を入れることもできるが、照子は決して認めない。  照子は照子が認めた娘しか、家の敷居を跨ぐことは許さない。  政治家一族の宿命だ。時期が来れば、しかるべき名家の娘との縁談を進めるだろう。  それだけではない。Ωのイヴは、神蔵の愛人であることすらも許されないらしい。  イヴは神蔵と再会したあと、何度となく食事に誘われた。  イヴがΩだったと知っても、神蔵が拒むことはなかった。むしろ、賃貸アパートの更新ができずに困っていたイヴに同居を勧めてきた。一緒に暮らし始めて、もっと距離が縮まって、二人は当たり前のように肌を重ねた。  疑問に思うことはなかった。イヴと神蔵の体は、あまりにも自然に馴染んだ。はじめから、一つだったものが切り離されて二つになったんじゃないか。そう思うほど、神蔵はしっくりきた。  神蔵の家に居候を始めて、どれほど経ったあたりか。居候でも同居でもなく、同棲だと神蔵照子に気づかれたのは。  ある日、帰宅したら鍵が開かなかった。  神蔵に渡されていた合鍵が、鍵穴に入らない。何度、入れようとしても入らない。  新品の錠前に取り替えられていたことに、しばらく気づかなかった。  家の鍵をつけ替えたのは照子に違いないと悟って、イヴの全身から力が抜けた。立っていられなかった。膝から下が崩れて、その場にへたりこんだ。  こんなにも、憎まれていた。  彼女の執念深さを感じて、体がすくんだ。  イヴの存在を絶対に認めないという照子の宣戦布告、いや、死刑宣告なのだと感じた。  イヴだって、もちろん自覚している。  Ωの自分では、一族郎党αばかりの神蔵には相応しくないことくらい。家格が釣り合わないと言われれば、返す言葉はない。だが、照子は言葉一つくれようとはしなかった。  犬猫を追い払うように、マンションの鍵をつけ替えるという強硬手段に訴えた。そんなにも、イヴが目障りだったのか。もしくは、脅威に感じていたのか。  あれ以来、神蔵は合鍵を渡さなくなった。  もらったところで、またつけ替えられるだろう。イヴのアパートは壁が薄い。神蔵がイヴを迎えにきて、神蔵の部屋へ行くようになった。  以前自分が住んでいた部屋に、神蔵に抱かれるために訪問する。ネズミかゴキブリか泥棒猫か、そんな卑しい存在なのだと思い知らされる。  それでも、神蔵の誘いを断れない。  
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