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マナは、一人の夜が嫌いだ。
別にベッドを共にする男でなくともかまわない。ワイワイ馬鹿騒ぎができる友人でいい。ただ、一人でいたくない。
役所の仕事はデスクワークが主であり、どちらかといえば運動不足。レーヴの仕事は体を使うからバランスがいい。昼と夜のダブルワーカー。
手帳が白いと不機嫌になるほうだ。スケジュールの空いた余暇なんて、考えただけで恐ろしい。
酒々井崇嗣は最近、マナを継続的に指名してくれるようになった上客の一人だった。
年は四十手前と聞いているが、人目を惹くほどの華やいだ美貌の持ち主だ。剣道の有段者で、しなやかな筋肉がついている。物腰は落ち着いていて、聞き上手。もちろん、あっちの方も上手。名前を知られた投資会社の創業家三男、αのスペックを絵に描いたような男である。妻帯者でさえなければ、これ以上の理想的な相手はいない。
理想的なαには大抵、すでにパートナーがいるものだ。
「運命の番、ねえ」
憧れはするものの、どうにも想像がつかない。
マナとしても、Ωの性でいえば、αの客は好ましい。βとは明らかに違う。体格はもちろん、運動神経もテクニックも、そのうえ気遣いも全然違う。一言で言えば、余裕があるのだと思う。
多くのαは生まれながらに裕福で、なに不自由なく育つ。
つまらない足の引っ張り合いで汲々とすることもなく、恵まれた生活をしている。全てを与えられているから、他人を妬むこともない。その能力の高さ故に孤独を感じることはあっても、些細な煩悶など乗り越えてゆける精神的な強さも持ち合わせている。
αは強い。種として優れている。
βやΩの身では、嫉妬すら感じない。生まれながらの貴種と比較するなんて、おこがましい。
どうして、第二の性、バースなんてあるのだろう。
人間なんて、すべてαだけが生き延びればいいんじゃないか。時々、そう思う。αだけの世の中になれば、来世紀あたり人類は超能力でも使いこなしてるんじゃないのか。
いや。
どうして、Ωなんて性があるのだろう。
人類の繁殖を促すため? 草食化しすぎた現代人を獣に戻すため?
今夜の予約客、酒々井はいつか言っていた。
「Ωがいるから、αは存在できるんだよ」
逆ではないのか?
αの番として選ばれるために、Ωが生まれたのでは?
酒々井は時々、肩を落として謝罪の言葉を口にする。
「バースをうまくコントロールする薬があればいい。そう思って、有力な製薬会社に投資したり、せっついてはいるんだが、なかなか結果が出なくてね。現代日本のΩが置かれている状況を、少しでも改善したいのだが」
マナは、酒々井に悲しい顔をして欲しいわけじゃない。
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