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最初に呼ばれた部屋で、ルカは年配の医師から問診を受けた。
「では、主な症状はめまいと、倦怠感ですね」
「はい。あの、めまいといっても、波があるというか」
「いまは、どうですか」
「少し車に酔ってしまって、目がまわります」
「そうですか。わかりました。精密検査を受ける前に、こちらをお願いします」
おなじみの尿検査キット一式を手渡され、手洗いまで誘導された。
Ω専門を謳うだけあって、感情をまじえずに事務的に対応してくれるのが、なによりありがたかった。
いまだにΩは白眼視される。
好奇の目、侮蔑の目、もしくは粘ついたセクシャルな視線。あのカラダは、いったいどうなっているのか。αやβとは、どこが違うのか。
特に、Ω男性への視線は厳しい。
手早く用を済ませて待合室に戻ると、二階堂が腕を組んだまま船を漕いでいた。
日当たりの良い廊下を眺めて、ルカはため息をつく。
プライバシーの確保をモットーにしているため、病棟そのものが隔離されている。もちろん、同じΩでも男性と女性では診療科が違い、入口が違う。
Ωであることを明かせない世の中のほうが、おかしいはずなのに。
「1171番の方、5番診察室へお入りください」
再び、呼び出されて中へ入ると、先ほどの医師が渋い顔をしていた。
「春風さんは、いま、独身ですね」
「はい」
「では、恋人もしくはパートナーは、おられますか」
「はい。外で待っています」
「ここへ、呼んできてもらえますか」
「え」
促されるままに、ルカは座ったばかりの椅子から立ちあがった。
これは、あれか。
ご家族の方と一緒に、重い病を宣告されるパターンか。
床が傾いで見えるのは気のせいか。
「二階堂さん、あの、一緒に来て欲しいって、先生が」
熟睡している二階堂を起こして、診察室へ連れてくる。
足がすくみそうになるルカとは反対に、二階堂の足取りはしっかりしていた。
「おめでとうございます。お腹の中に、赤ちゃんがいますよ」
医師は穏やかに微笑んでいる。
「え、あ、はっ?!」
ルカは目を白黒させていると、二階堂に手を握られた。
「ありがとう、ルカ」
「う、うそ、そんな」
激しく動揺するルカの膝を、二階堂が軽く叩く。
「大丈夫。ずっと、アタシがついてるから」
「う、うん」
重かった体に、羽が生えたようだった。
地面に足がついている気がしない。ふわふわ、ふわふわ、水中を漂うクラゲにでもなったようだ。
「無理をしないで、しんどい時は体を休めてください。特に初期は大事です。Ω男性の妊娠、出産は乗り越えなければいけないハードルが幾つもあります。でも、支えてくれるパートナーがいれば、きっと乗り越えられますよ」
医師の言葉が、耳を素通りしていく。
水中みたいに、くぐもった音しか届かない。
赤ちゃん?
現実味がない。自分の体の中に、別の人間がいるなんて。毎日、育っていくなんて。
夢よりも夢みたいで、ルカはぼんやりとしていた。
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