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定期検診に訪れるように言われ、予約のようなものを済ませ、二階堂の車に乗って帰宅した。
家に着いてからも、ルカはまだ夢見心地だった。
Ωの出産はリスクがあること。胎児の心音が確認できるまでは、一定の割合で流産の可能性があることは聞いた。それでも、ルカは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「とりあえず、横になって」
二階堂に言われるままに、ベッドへ入る。天井が波打って見えるのは、気のせいか、ただの寝不足か。
「どうしよ。昨日の夜、あんなに激しく……」
ルカは口元を押さえて狼狽えた。胎児がいるなんて夢にも思わなかったから、なにも考えずにめいっぱい抱き合った。だが、いまから考えると体には負担だっただろう。
もしも、昨夜のことがきっかけで、豆粒のような胎児に悪影響があったら。取り返しのつかないダメージを負ってしまったら。ルカは親としての責任を感じて、恐怖に体がすくむ。
「ルカ、気分悪い?」
いつのまにか、あたたかい緑茶の入った湯のみを持つ二階堂が、枕元に立っていた。
「お茶入ったけど、飲める? 水のほうがいい?」
「お茶、ください」
あたたまった湯のみを両手で抱え、ルカは深々と息を吐き出した。そういえば、帰りの二階堂の運転は、行きとは別人のように丁寧だった。気を使ってくれたらしい。
「赤ちゃんのこと、ルカは嬉しくないの?」
「そういうわけじゃなくて、その、自信がないっていうか。二階堂さんと違って、僕はまだ子どもなところがいっぱいで、それなのに、親になるとか、想像つかなくて」
「ルカ。今日から、それナシね」
意味がわからなくて、ルカは傍らの男を見上げる。
「遅くなったけど、いま言う。結婚してください。ルカとお腹の子を、一生、大事にします」
ルカは息をするのも忘れて、二階堂の顔を凝視していた。
自分の人生に、こんな日が来るなんて、思ったことがなかった。
「あ、はい。その、僕でよければ」
「ご両親に挨拶してから、入籍の手続き取るつもり。だから、ルカも二階堂になるよ」
「あ、そうか。じゃあ、えっと」
「まさか、アタシの名前忘れたとか言わないよね」
「智之、さん」
「うん」
二階堂はルカの手から湯のみを取り上げて片づけると、唇を合わせた。
そっと触れて離れていくのが切なくて、ルカが追いすがると、もう一度キスしてくれた。唇を開いて舌を絡め合う、官能的な口づけだった。
「……っ、ふっ、あ、」
「どうしたの?」
「あの、昨日、その、激しかったから、えっと、」
「ああ、赤ちゃんのこと気にしてるの? 大丈夫だよ、ルカ。お父さんとお母さんが仲良しだって、赤ちゃんもわかってくれるよ」
「ええ? そう、かな。あと、智之さん」
「なに?」
「ルカだって、僕の名字からきてるんだけど」
春風俊幸の名字から、ルカという名前になっている。本名を知るシーナには、いまだにハルカと呼ばれているが。
「智之と俊幸って、似すぎてるからなあ。ルカはルカでいいんじゃない?」
「ええ? まあ、いいですけど」
首を傾げるルカをもう一度抱きしめて、二階堂は宣言した。
「ルカのご両親には、きっちり殴られておくよ。だから、安心して。許してもらっても、もらえなくても、ルカのことは絶対に離さないから」
「うん。……僕も」
二階堂がルカの下腹に手を当てて、話しかけた。
「はじめまして。ようこそ。そのうち、父さんと母さんに元気な顔を見せてね」
「にかいどう、さん……」
ルカは言葉がつまって、先を続けられなかった。あとからあとから、溢れてくるものをこらえることができない。
祝福されている。
新しい命と、自分と、どちらも存在していていいのだと、言われた気がする。
「ありがとう。だいすき」
ルカは、二階堂の背中に手をまわして、自分から口づけていた。
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