911人が本棚に入れています
本棚に追加
/396ページ
イヴは、自身のことをタフなほうだと思っている。
一般的に病弱だと言われるΩにしては丈夫で、小学生の頃は毎年、皆勤賞をもらっていた。骨折も大病もなく、ルカの訴える偏頭痛や、マナがこぼす腰痛とも縁がない。もっとも、マナの場合は働き過ぎな気はするが、本人には絶対に言えない。
そんなイヴだから、発熱には弱かった。
「……ふぅ」
自分以外、誰もいない部屋で、毛布にくるまって体を丸める。
このアパートを用意してくれたのはレーヴだった。会社名義でいくつも部屋を抑えてあるという。保証人となる親族がいないΩにとっては、このうえなくありがたい制度だった。
毛布をめくって、ぼんやりと天井を見つめる。スマホを確認すると、シーナからメッセージが来ていた。レーヴの天宮に欠勤の連絡をしたので、その時に知ったのだろう。特に心配ない旨のメッセージを返信しておく。
イヴは室内灯を消すのが嫌いだ。
夜、眠りにつくときも、たいていは灯りをつけている。暗闇にいると、嫌な出来事を思い出しそうで、体がすくむ。
たとえば、先日の件。
照子の送りこんできた男に襲われた夜。あの時の男、蓮田には事後にレーヴの名刺を渡していた。蓮田はまんまと客として来店した。初回のサービス以外は安くない料金がかかるので、そうそう通ってくることもないだろうが、イヴとしては胸のすく思いがした。
他人には理解できないと思う。でも、客としての蓮田は受け入れられるが、自宅に押しかけてくるのは許せない。
突然、電子音が響いた。
枕元にあるスマホのライトが点滅している。新着メッセージだった。
『今夜は家にいるか? アパートの前まで来てる』
「神蔵? うそ」
ほどなくして、インターフォンが鳴る。イヴはベッドから立ち上がって、玄関へかけよった。ドアの覗き窓で目を凝らすと、スーツ姿の神蔵が立っていた。
勢いよくドアを開けると、神蔵は笑った。
「悪いな。突然、押しかけて」
神蔵は整理整頓が苦手とはいえ、メールはまめだった。他愛もないことを連絡してくるし、イヴの様子も知りたがった。照子の策略で、イヴが神蔵の部屋を追い出されると、ますます頻繁にメッセージをよこした。
イヴがアパートの壁の薄さを気にしているのを知って、いつもそれとなく、誘いをくれた。
『今晩、うちに来ないか?』
その一言を目にすると、イヴの胸は引き絞られるように苦しくなる。予定のある夜も、最大限やりくりして神蔵の都合に合わせた。
イヴがYESと言えば、神蔵はどんなに忙しくても、アパートもしくは待ち合わせ場所まで迎えに来る。
新しい鍵を持つ神蔵と一緒にいる時だけ、以前住んでいた部屋へ招き入れられる。自分から神蔵を訪ねることはしなかった。なにかの拍子に照子と鉢合わせするのは耐えられない。
新しい合鍵をイヴに渡そうとしない神蔵なりの、最大限の気遣いだった。
「おまえ、もしかして寝てた?」
「え、ああ。ちょっと、疲れてて」
「目、赤いぞ。熱あるんじゃないか」
「ああ、うん。薬飲んだから」
「急に冷えてきたからなあ。その様子だと、食べてないんだろ。待ってろ。なんか作ってやるから」
「え、いいよ」
「なんだよ。料理くらい、俺だってできるって。あれから、一応勉強したんだぞ。ちゃんと、自炊しようと思って」
神蔵のマンションに住んでいた頃、家事のほとんどはイヴが担っていた。居候の身であり、家事全般イヴの方が手馴れていたから、神蔵の手はほとんど借りなかった。
最初のコメントを投稿しよう!