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ルカの不安 (β×Ω)
『……この一年間での未成年の失踪は、前年同期と比べて1・8倍に増えています。
全国青少年育成センターの担当者の話によりますと、人との結びつきが弱くなるという現代社会の傾向を受けて、思春期の少年少女の孤立と孤独感が深まっていることが、突発的な失踪のきっかけではないかとのことです。
警察庁および各自治体の担当部署では、度重なる失踪案件について、事件、事故、両方の観点から調査を進めていくとのコメントが相次いで発表されています。
それでは、次のニュースです。本日未明、アフリカ西部にある……』
ルカは胸騒ぎを覚えて、チャンネルを切り替えた。
声を掛ければ即座に反応を返してくれる、例のアンドロイド商品も家にはいるのだが、あまり好きではない。自分が手を伸ばせば片付く用事を、機械とはいえ、わざわざ命じるという動作に微妙な抵抗がある。
心臓が大きく音を立てているのを感じて、ルカはゆっくりと深呼吸した。吸って、吐いてを繰り返す。
バクバクと騒いでいる心臓はもう、自分一人のものではない。ルカの体の中、まだ目には見えないほどの豆粒のような胎児にも、小さな小さな心臓が動いている。
責任の重さをひしひしと感じる。
体調のすぐれない日々が続いている。
買い物に出て、急に気分が悪くなり、街中でしゃがみこんでいるところを、通りかかったイヴに助けられた。あれ以来、雑踏を歩くのが怖くて、引きこもりがちになった。
いまどきは、ネットで注文すれば買い物も出歩かずに済んでしまう。起き上がると目眩と吐き気に悩まされ、ベッドやソファに寝そべって、日がな一日過ごしている。
専門学校にも通えていない。このまま、退学の手続きを取るべきだと思うが、具合が悪すぎるために、それすらもままならない。
思うように動けないのが歯がゆい。
寝たきり状態のルカに対して、二階堂はさらにやさしくなった。一時期の不在がちの日々を埋めるように、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。コワモテの外見からは想像できないほど、マメな夫だった。
ルカの妊娠を契機に、正式に入籍した。
実家の両親は頑なに、二階堂のことを認めなかった。
二階堂は、土下座してもいい、殴られてもいい。そう覚悟を決めていた。だが、両親は二階堂に会おうともしなかった。
ルカはふらつく体をおして、父と母に懇願したが、無言で首を横に振るばかりだった。とりつく島のない両親にはため息しか出ないが、ルカは予定通りに籍を入れた。
「実際に子どもの顔を見れば、きっと態度も変わるよ」
拒絶された二階堂のほうが、しきりに慰めてくれた。ルカはよほど、ひどい顔をしていたらしい。
家を出たとはいえ、生み育ててくれた両親に複雑な顔をさせてしまうのは、どうにも心苦しいものがあった。
自分は悪くない。二階堂を伴侶に選んだことを、絶対に後悔しない。ルカは胸を張って言える。けれど、第三者からは、二十も年の離れた二人は親子のように見えるだろう。
そもそも両親は、ルカがΩだとわかった時点で、互いを責めるような言葉をぶつけあっていた。Ωなどという劣等な子どもを産んでしまったのは、相手の血筋のせいだと。
どれだけ啓蒙活動が展開されようと、Ωというだけで白い目で見られてしまう。
二階堂の母は鬼籍に入っているという。父親は顔も知らない、らしい。十年以上、連絡が取れない妹が一人。
だから、いま家族と呼べるのは、ルカと二階堂の二人きり。それに、お腹に宿る小さな命。
家族とは不思議な関係だ。
血の繋がりをベースにしていても、伴侶は紙切れ一枚の他人だ。まったくの他人同士が届けを出して、ひとつの家族になる。
「早く会いたいな。赤ちゃんなんて、まだ全然、想像つかないけど」
男の子か女の子かもわからない、小さなベビー。
この存在一つで、ルカの体は微熱と倦怠感と吐き気に苦しめられているが、つらいとは思わない。
ルカはずっと、自分のΩというバースが受け入れられなかった。だが、この子のために、Ωに生まれて良かったと初めて思うことができた。
大好きな人の子どもが、いる。それだけで、過去の嫌なことすべてを受け流せる。
「会いたいなあ」
もう何日も、二階堂以外の他人に会っていない。どうしても独り言を漏らしてしまうルカだった。
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