シーナのためいき(Ω&Ω)

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シーナのためいき(Ω&Ω)

 シーナはカウンターに肘をついて、バーテンダーを見上げる。  押谷に用意してもらった特製のシャンディーガフは、とっくに空になっていた。 「浮かない顔ですね。体調、悪いんじゃないですか」 「いや、平気だけど」  学校には行っていない。ルカには会っていないし、イヴにも会っていない。ルカの家にいるシロとクロが恋しくなるけれど、自然と足が遠のいていた。弓原と別れてから、誰ともつきあっていない。  以前のシルバーのショートヘアをやめて、普通の若者らしい髪型と服装に変えてから、レーヴでの指名はぐんと増えた。前も少ないほうではなかったが、声がかかる割合が違う。  いわゆる流行りの雑誌に出ているモデルを真似たファッションに身を固めていると、それらしく見えるらしい。人は見た目が大半だという箴言(しんげん)は、あながち外れてはいない。 「ここの仕事が忙し過ぎるなら、少し調整したほうが」 「いや、そんなことは」  Ωの性を売り物にしていることを、嫌悪する人や憐れむ人も多いが、シーナはレーヴに来る客の相手をするのは嫌いではない。  何人もいるボーイの中から、シーナを選んで指名してくれるお客様だ。たとえ興味本位でも、わかりやすい欲望でも、対価を払ってもいいと思うくらいには、シーナという人間に惹かれるものがあったはずだ。  求めてくれる相手には、情が湧く。  たった一夜でも忘れられなくなるほど、大切な時間にしたい。後悔させたくないと思う。 「依存しすぎないほうがいい」 「え」  空になったグラスを返すと、バーテンダーから思わぬ言葉をかけられ、反射的に聞き返していた。 「仕事は大事だけれど、仕事に逃げるのは、自分のためにならない」 「う、ん。わかっちゃいるんだけど、でもさ。俺って、ほら、なんも残らないっていうか」  友達も少ない、夢中になれる趣味もない。集めていたピアスの類も、いまはあまりつける気にならない。両耳に一つしかしなくなってから、残りの穴は塞がりかけている。 「なあに、湿気た顔しちゃって。また振られたんでしょ、シーナ」  入ってきて早々に、機関銃のような毒舌を振りまくボーイなど、レーヴには一人しかいない。 「マナさんには言われたくない」 「あら。それ、言っちゃう? あたしは男がいないんじゃなくて、作らない主義なの。番もパートナーも要らないの。あんたとは違うんです」  ヒラヒラした黒いドレスの裾を揺らして、スツールに腰かける姿は堂に入っている。レーヴで一番、華奢な体格をしているのは彼だが。  考えてみれば、こうしてマナと顔を合わせるのも久しぶりかもしれない。 「最近、忙しかったの、マナさん?」 「仕事がね。ああ、昼のほうね。いろいろ異動があって、休日出勤とか駆り出されて、レーヴに来る元気もなくって。あたし、あのリーマンコスプレって向いてない。つくづくそう思ったわ」 「コスプレって、そんな」 「あたしのサイズに合わせた特注品なんだから、コスプレに変わりないんです!」  Ωの中でも特に小柄なマナの背広姿は、七五三めいた印象を受ける。れっきとした区役所職員なのだが。 「マナさんって、学ラン似合わなそう。応援団の女子よりも、似合わない気がする」 「残念でしたー。うちは私服だったから、普通にパーカーやシャツで通してました」 「えー、自由に選べるならセーラー服着れば良かったのに」 「それは、あたしの趣味じゃない」  中世の古城に住んでいそうなゴシックロリータの格好でレーヴに出勤してくるマナだが、一般の女装とは様子が違うらしい。  どうやって脱いで、どうやって脱ぐのか。謎で仕方ない。シーナはいつも、着脱しやすいものをチョイスしているが。 「俺には、そもそも理解できないって。そろそろ待機してます」  シーナがスツールから降りて立ち上がると、カウンターの向こうから呼び止める声が聞こえていた。 「こういう時こそ気をつけないと、おかしな隙ができて、妙な相手につけこまれやすくなる」  押谷の忠告めいた言葉に耳が痛くなって、シーナは逃げるように個室へ向かった。
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