イヴは主張する(α×Ω)

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イヴは主張する(α×Ω)

 酒が弱いは、言い訳にならない。  どれほど飲んでも顔が赤くならず、一見、普段より陽気になったくらいだとしても、今夜の有馬(ありま)芳野(よしの)は確実に飲みすぎだった。  大手出版社に就職して三年目。  文芸作品に携わりたいという夢こそ叶っていないが、若手の編集者として、忙しくも充実した日々を送っている。  有馬は男性向けの情報誌を担当していた。デジタル全盛の昨今、紙媒体はさっぱり振るわない。廃刊寸前の情報誌は、大胆なテコ入れを迫られていた。  街のトレンドや上質なメンズ商品を紹介していた誌面の雰囲気を、派手に入れ替えた。街の夜遊びスポットを特集としてぶち上げた。  社内でも、慎重派と推進派で賛否両論、侃々諤々(かんかんがくがく)喧々囂々(けんけんごうごう)といろいろあったが、その特集は結果として当たりだった。  目論見通りの数字に喜ぶ間もなく、有馬は同じ路線での第二弾を迫られる。  編集部に泊まりこみ、寸暇を惜しんで原稿を書き上げて、ようやく入稿を終えた。  同い年のカメラマン鈴井(すずい)と、取材先で妙に意気投合した二階堂(にかいどう)と三人で、内輪の打ち上げに繰り出した。  ついつい杯を重ね過ぎた。  二軒目へ向かう途中、カメラマンの鈴井は新婚の奥さんが待っているからと言って、駅へと踵を返した。 「有馬チャンはァ、独身、だよね?」  無精髭の二階堂が、有馬の肩を抱くようにして囁く。  四十がらみで恰幅のいい二階堂は、不思議な男だった。夜の街に詳しく、一見するとその筋の人間にも見える強面だが、いつも朗らかに笑っている。 「ええ。鈴井さんと違って、僕は一人暮らしですよ。家に帰っても、誰も待っていませんから」  受け答えは普通にできていたが、判断力が鈍っていた。 「だったら、ぜひ、二人で面白いとこ、行きましょうよ。雑誌には載せられないような、イイ店知ってるんです、アタシ」  ビール臭い息を首筋へ吐きかけられ、有馬はくすぐったさに思わず顔をしかめる。 「雑誌に載せられないって、やだな、二階堂さん。違法なお店じゃないでしょうね」 「やだなァ、有馬チャンこそ。法律に触れるような店じゃあないですよ。知る人ぞ知る、あまり大勢には知られたくない、会員制の秘密のデートクラブ」  腰をつかまれ、二人はなだらかな坂道を登っていく。  大勢の通行人が行き交う通りには、ありとあらゆる店が立ち並んでいる。それぞれの看板が明々と光り輝き、店の奥からは流行りの音楽が流れてくる。  夜の街の喧騒を聞き流しながら、有馬は酔っ払いの据わった目で二階堂を睨めつけた。 「秘密のクラブってなーんか、やらしー響きじゃないですか」  二階堂は応えずに低く笑うと、細い路地へ入りこみ、目的の場所へと早足で向かった。  しこたま飲んでいたはずの二階堂は、酔いの欠片もない。自称どおりの酒豪らしい。 「一人でいい思いしてきたら、彼女に怒られたりしますかァ?」 「いませんよ、彼女なんて」  就職してからというもの、仕事が恋人状態だった。寝ても覚めても、仕事が気にかかって仕方ない。打ちこむほどに成果があがるのが楽しかった。 「じゃあ、きっと楽しんでもらえると思いますよ」  ふふふ、と忍び笑いをもらす二階堂を見つめる。  そういえば、どうして彼とこんなに仲良くなったのだろう。  
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