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マナの強がり(α×Ω)
『Ωは不当に貶められています』
カラー写真で見る限り、岬女史は美人に見えた。
『人は、生まれてくる体を選ぶことができません。
男か女か、性別を選べないのと同じです。第二の性、α、β、Ωを選択することができません。
生まれもった性を理由に、当然のように差別を受ける。それが、いま、この国で起きている現実です。
Ωへの差別は、日常のあらゆる場面で、頻繁に起きています。ごく当たり前すぎて、意識にさえのぼらない、問題化されないのです。実に由々しき大問題です』
口角をあげて微笑む写真の女は年齢不詳だ。しっかりした二十代と言えば信じるし、整形美容しまくりの五十代もありえそうだ。
『こんなことが、許されますか? このままで、いいのですか?
いま、声をあげなければ、Ωの基本的人権は蔑ろにされたままです。この国のため、未来ある若い人たちのために、はっきりと主張しましょう。
Ωは人間なのです。踏みにじっていい存在ではありません。Ωは、αやβの奴隷ではありません!』
岬は強い論調で、Ω解放への道筋を懇々と説いている。
「言ってることは間違ってないけど、なんかこう、モヤモヤするのよね~」
マナは週刊誌の特集ページを眺めながら、気だるい声でぼやいた。
今日も早めに出勤して、自前の衣装に着替えている。光沢のあるワインレッドのワンピースに、同じ色のリボンが頭にのっている。身じろぎするたびに、パニエで膨らんだスカートが揺れる。
どこの、おとぎの国から抜け出てきたのか。ゴスロリよりはかわいらしく、ロリータよりはシックな独特のスタイルを通している。性別も性自認も間違いなく男性だが。
「なんか高飛車? 上から目線? 馬鹿なΩの子たちを、このあたしが運動に目覚めさせてあげる、みたいな」
オメガクラブのレーヴは、開店前だった。
マナはカウンターに腰掛け、ハムサンドを齧りながら、バーテンと天宮相手に他愛ない愚痴をこぼしている。
「なによりさあ、顔が気にくわない。なにこの美魔女メイク、ほら」
見開きページの顔写真を乱暴に指さして見せると、天宮は小さく肩をすくめた。
「マナ。気持ちはわかりますが、ほどほどにしてください。そろそろ開店時間になりますから」
「でもさあ、今度、この女の講演会やるのよ。イベントの裏方しなきゃいけなくて、資料読みこんでんだけど、マジむかつくったらないわ」
「あいかわらず、忙しいんですね」
天宮は業務用ファイルになにごとかを書きつけながら、返事をよこす。
「ちょくちょく休むから、出勤日はこき使われるっていうか。同じΩなんだから、こういうおばさんの相手にうってつけって思われてんのよ。あたしは、この女好きじゃない」
マナは残りのサンドイッチをカフェラテで流しこむと、週刊誌を片づけて席を立った。
昼間は区役所の正規職員として働いているが、夜は時間のある限り、レーヴに顔を出す。
お題目だけ、Ωの保護を唱えているのは行政だ。大企業もそうだし、役所にも一般募集とは別にΩの採用枠がある。
「今日の予約は、八時に酒々井様です」
「はーい。じゃあ、部屋で待ってます」
ひらひらと手を振ると、栗色の巻き毛を揺らして出ていった。もちろん、地毛は短い黒髪で、いま身につけているのは、よくできたウィッグである。
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