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ルカの異変(β×Ω)
「昨日も帰ってこなかったんだよね」
専門学校の食堂の一角で、ルカは沈んだ顔でつぶやいた。向かいではシーナが口いっぱいにトマトのパニーニを頬張っている。
外は冷たい木枯らしが吹きつけていて、学生たちは思い思いのグループでテーブルを囲んでくつろいでいた。
「……忙しいんだっけ、二階堂さん」
シーナはようやく嚥下して問い返すが、ルカはパックのイチゴ牛乳を見つめている。付属の白いストローは歯型でぺしゃんこになっている。
「うん。前から忙しい人だったけど。この四日間、帰ってこない」
「え。一度も?」
「昼間に一度、シャワーと着替えには帰ってきたみたいだけど、ずっと会えてない」
「電話とかメッセージはないの?」
「忙しい時は、連絡つかない。お仕事の邪魔になると思うと、たいした用もないのに僕からは掛けられないよ」
ルカはずるずると倒れこむようにテーブルに突っ伏す。シーナは小さく首を傾げて、ルカの顔を覗きこんだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、ない、かも……」
家出同然に実家を出て、二階堂の部屋に転がりこんだルカである。ろくに頼れる相手もいない。
「だよな。あれか、二階堂さんって年末にかけて忙しいとか?」
「わかんない。このまま、年末まで帰ってこないのかな。ずっと、一人なのかな僕……」
「いやいやいや。待て、落ち着け。んなわけないだろ。トラブルとか一段落したら、ちゃんと帰ってくるって。それより、おまえ、ちゃんとメシ食ってるか? 目の下のクマ、ひどいぞ」
シーナが手を伸ばして鼻をつまむと、ルカはふぎゃあ、と鳴いた。
「寝れないよ。食欲も全然ないし」
「熱、はないよな」
そのまま、額の熱を確かめようとするシーナに抗う気力もなく、ルカは低く唸った。
「家で何度か測ってみたけど、平熱だった。でも、だるさが抜けないんだよね。なんにもする気がしないし。このまま、二階堂さん帰ってこなかったら、どうしようって」
「おまえのために、新しい家まで借りてくれた人だろ。もっと信じていいと思うぞ」
「う、ん……でも、一人でいると悪い方向にばっかり考えちゃって」
「俺でよければ、今夜泊まりに行こうか?」
「ありがと、シーナ。でも、今夜こそは帰ってくるかもしれないから」
「そうだな。ま、遠慮なく、なんでも言え。今日は早く休めよ」
「ん、ありがとう」
気づかってくれるシーナのやさしさが嬉しい。
いまのルカの状況をわかってくれるのは、レーヴの同僚だけだ。そう思う。
ルカとシーナの通う専門学校にも、Ωの学生が他にいないわけではない。だが専攻や学年が違うと、顔を合わせる機会は少ない。それらしい噂は聞くことはあっても、実際に親しくなるわけでもない。
「あのさ、ハルカ」
再び、紙パックのストローを噛みはじめたルカの正面に、シーナの顔が近づいてくる。
「レーヴに、寄ってみたら?」
「え、どうして?」
「天宮さんなら、相談とかも聞いてくれるぞ。もし、困ったことがあったら、力になってくれるし。俺も、こっちに出てきて、いまの部屋を借りる相談とか、いろいろ助けてもらったから」
「ありがとう。でも、今の僕は、レーヴで働いてないから、迷惑じゃないかな」
「気にしなくていいって。いつ卒業しても、いつ戻ってきても、普通に迎えてくれるからさ」
二階堂と暮らすようになって、レーヴから足は遠のいた。
βの二階堂とは番関係にはなれないので、ルカは変わらず発情期を迎えることになる。病的な欲求は、薬を服用してやり過ごすようにしていた。発情抑制剤を飲めば、ある程度は症状が軽減するものの、副作用で食欲不振や偏頭痛の症状があらわれる。
多少の体の不調は、副作用のせいだと思っていた。
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