イヴはまた嘘をつく(α×Ω)

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イヴはまた嘘をつく(α×Ω)

 レーヴのカウンターに立つ天宮が、店の電話を握りしめている。手帳をめくって、予約を確かめながら話しているようだ。 「はい。では、本日は欠勤ですね。熱は? ああ、少し高いですね。薬はありますか。体がつらいようなら、ためらわずに病院へ行ってください」  病院からも、男性のΩというだけで診療拒否されることも少なくない。  風邪や虫歯くらいなら、Ωの性質に左右されるわけではなくとも、なべて医療機関はリスクを取りたがらない。Ωの体にどう作用するかわからないという理由で、処方箋を出しても調剤してくれない薬局もざらにある。  ホルモンが複雑に働き、妊娠の可能性もある。Ωを専門的に診てくれる病院も存在するが、都市部でも数が限られている。遠い上にひどく待たされるし、風邪程度の不調なら断られることもある。 「明日も休んだほうがいいでしょう。わかっているとは思いますが、何時であっても連絡さえいただけたら、いつでもこちらから駆けつけますから。ええ。安静にしてください。いいですね?」  レーヴの欠勤連絡はメールでもかまわないが、必ず店から折り返し電話がかかってくる。なので、大抵のスタッフは自分から店に電話を入れている。  スタッフのサボタージュ防止というよりも、不測の事態を想定して、例えば恐喝や軟禁、もしくは深刻な体調不良を案じているからだという。  Ωは心身のバランスを崩しがちで、トラブルにも巻きこまれやすい。店での客との交流以外にも、人によってはただ道を歩いているだけでストーカーを生むという。 「誰か具合悪いの? もしかして、イヴ?」  カウンターに座って、だいぶ薄めたシャンディ・ガフを手にしたシーナが小首を傾げる。  一般的なシャンディ・ガフはビールとジンジャーエールの割合が1:1のカクテルだが、シーナが口をつけているのはビールとレモネードの割合が1:9になっている。この後、予約の客がいるので、アルコール臭がするのはよろしくない。 「イヴから、なにか訊いているんですか?」  シーナとイヴが親しい仲であるのは、天宮も知っている。だが、プライバシーの問題もあるので、基本的に天宮からは他スタッフのことを話さない。 「んー、昨日の夕方会ったけど、なんとなくだるいって、ぼやいてたな。やっぱ、風邪?」 「ええ、たぶんね。市販の解熱剤を飲んだそうです。周期的にも問題ないでしょう」  万一、妊娠していた場合、市販薬の服用は豆粒のような胎児に重大な影響を及ぼすことがある。Ωの体は繊細で、複雑で、扱いが難しい。 「なんだったら俺、仕事のあと、イヴの様子見に行ってもいいけど?」 「お気持ちはありがたいですが、大丈夫でしょう」 「でも、弱ってる時、一人だと心細いだろ」 「シーナは、イヴの家の場所を知っているんですか?」 「いや」  シーナの家に、マナとイヴが来たことはある。だが、シーナはイヴの家を知らない。 「弱っているところを、見られたくないっていう友情もありますよ」 「ん。うん」 「そろそろ、仕度したほうが良いのじゃありませんか」  天宮にせかされるようにして、シーナは残りのシャンディ・ガフを飲み干して席を立った。
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